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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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6.ウィウィップの里③

 朝食を終え、用心深く焚火の跡を消すと、シンとアイサはいよいよ北の森に入った。

 一見、人を寄せ付けないような深い森ではあるが、中に踏み込めば、森は変化に富んでいた。植物の息吹も、動物の気配も、その豊かさはブルールの森と比較にならない。森に流れる水は美味しいし、スープの具にちょうどいい植物もあった。

 二人は順調に距離を稼いだ。それというのも、荒れてはいるが、森の中には古い道があったからだ。

「北の森の中にたどれる道があったなんて」

 シンは驚いた。

「この森を通る人がいたのね」

 アイサがあっさりと答える。

「あの気配と関係があるのかなあ」

「さあ」

「気にならないの?」

「気にしても仕方ないわ。この森を通してもらっているのは私たちの方なんだから」

 アイサは笑い、シンは肩をすくめた。


 北の森に入って三日目。

 僅かに残る古い道をたどりながら、アイサはシンに春祭で旅芸人が歌っていた歌を教えた。誰もいないのをいいことに、二人とも好きなだけ声を出して歌いながら森を歩く。

 歩きながら道端に置かれた石の道しるべに気付いたシンは、葉や土に埋もれた道しるべを見つける(たび)に注意深く調べた。

 やがて彼らはかつて人が住んでいた跡にも出くわした。

 小さな家が植物に呑まれている。

 中には柱や骨格しか残っていない家もあった。

 それでもよく見れば、割れた食器や椅子、ベッドの残骸があって、人が住んでいたころの生活を想像させる。

「この森のどのあたりを歩いているのかわからないけど……抜けるのにあと数日はかかるだろうな。水は必ず補給しながら行こう。食料も無駄にはできないよ」

 ストーの隠れ家から持ってきた地図を広げてシンは言った。

「いざとなったら、この森で食料を調達するしかないわね」

 アイサが答える。

「その前に、オオカミの胃袋に僕らが入らないようにしないとね。とにかく明るいうちにできるだけ距離を稼がないと」

「シン」

 二人の目が合った。

「どうしたんだろう? ずっとついてきた気配が消えているね」

 シンも答えたが、いたずらに逃げ回ってこの森の中で道に迷えば厄介だ。二人は何食わぬ顔で(わず)かに残る森の道を辿(たど)り、いつものように薄暗くなると枯れ枝を拾って野宿の用意を始めた。


 北の森は日が落ちるとたちまち真っ暗になる。

 小さなたき火をたいて夕食を済ませ、シンと見張りを交代し、眠りについたアイサは、ふと複数の獣の気配で目を覚ました。

(気性が荒い。だが、用心深くもある。仲間意識も強い。これがオオカミか)

 アイサは自分たちに向けられた、いくつもの光る眼に意識を向けた。

「アイサ、起きろ。オオカミに囲まれてる」

 シンは剣を抜いて闇に目を凝らしている。

「君のシールドはオオカミにも有効だよね?」

 シンの声は落ち着いていた。

「もちろん。でも、こんなもの相手にシールドの中で籠城(ろうじょう)する気はないわよ?」

 アイサは元気よく答えたが、シンはすぐに返した。

「動きが速いんだ。それに群れで連携して動く。油断できない」

 シンは光る目の位置を頭に入れるように見回した。

 オオカミは少しずつ囲みを(せば)めている。その中から一匹のオオカミがゆっくりと姿を現わした。

 犬どころではない。

 大きな体、鋭い牙、低いうなり声。

 森の主のようなオオカミだった。

(この森を抜けるなら、こいつだけはなんとかしないと)

 シンは大きなオオカミに向き合い、剣を構えた。

「アイサ、シールドの中にいてくれ」

 シンは隣にいたアイサに言ったが、アイサは構わずシンの前に立った。

「アイサ」

 シンはぎょっとしてアイサを見た。

 アイサは目の前のオオカミから目を離さない。

「シン、私に任せて。他のオオカミを見張ってて」

 アイサは無造作に群れのリーダーに向かって歩き出す。

 それからその目を閉じ、手を差し出した。

『動物の思念を捕まえて、こちらにぐっと引っ張るようにするのよ』

 シンは初めてだというのに見事に馬に乗ったアイサの言葉を思い出した。

「アイサ、だめだ。オオカミは馬とは違うよ。それに、こんなにたくさんいる」

 シンは叫び、アイサの手を引っ張った。

 案の定、二人の周りを囲んだオオカミたちが唸り声を上げる。

 シンは闇にまぎれながら自分たちに近づいてくるオオカミたちに目をやった。

 どれもリーダーが一声上げれば二人に飛びかかれるよう身構えているのがわかる。

「アイサ、シールドを張って」

 シンはもう一度叫んだが、アイサはシンを見て安心させるように微笑むと、群れのリーダーに向かって小さく何かを唱え始めた。

 アイサがリーダーのオオカミに近づいていく。

 二人を囲むオオカミたちの唸り声が止んだ。

「アイサ……」

 シンが剣を構え、息を殺して見守る中、アイサは大きなオオカミの頭の上に手を置いた。

 それからゆっくりと体をなでる。

 オオカミの群れがアイサに近づき、その周りに座った。

 彼らがくつろいでいるのがわかる。

『これはお母様の技なの。私も受け継いでいるわ』

(あの時、アイサはそう言っていた……それにしても……信じられないな)

「アイサ、それって……」

 オオカミとアイサを見つめていたシンは、はっとした。

「誰だ?」

 シンは闇に向かって言い、アイサもオオカミたちから闇へと目を向けた。


 オオカミの背後の闇が(かす)かに動いた。

「アイサ様とシン様ですね?」

 歩いてきた人影は、物音ひとつ立てなかった。

「森に入ってからずっと僕らの後をつけていたのは、お前たちか?」

 シンはたき火の明かりが照らし出した男たちに剣を向けた。

 似たような背格好をした三人だった。

 白髪の老人、若い男、そしてもう一人、中年の男は黒々とした立派な髭を(たくわ)えている。

「そうです。無事に森をお通しするよう、長老がある方から依頼を受けましたので」

 髭の男がシンに答えた。

「無事に森を通す?」

 シンは男たちに目を凝らした。

(風変わりな服装はファニのものではない。かといって、北のグランのものでもないようだ。第一、グランの人は概して大柄だと聞いている。それにしては、この三人は驚くほど小さくて、言葉も聞き取りづらい)

 シンが自分たちに剣を向けているのにもかかわらず、男たちは更にシンとアイサに近づいた。

「オオカミが出るこの森の中で、僕らを無事に通すには三人では済まないだろう?」

 シンは用心深く言ったが、不思議な男たちは顔を見合わせて軽く笑った。

「この森を無事にお通しすることくらい、我々であれば、一人でも十分です」

 髭の男が答えた。

 シンは驚いて彼らとオオカミを見比べた。

 確かにオオカミは彼らを襲う様子もないし、彼らの方はオオカミの存在すら気にしていないようだ。

「今までオオカミに襲われなかったのは、お前たちのおかげだというわけか? だが、何故今夜に限って、僕たちからオオカミを遠ざけなかった?」

 シンの問いに、白髪の男が満面に笑みを浮かべて答えた。

「昼間あの歌を聴いたからです。あれはバラホアの歌です。そして、この方はバラホアのアエル様によく似ていらっしゃる。もしやと思って試させて頂きました。アエル様には動物の気持ちをつかむという特異な能力がおありでしたので」

「私がその人と関係があるのであれば……どうするつもり?」

 アイサはちらりとシンを見て、聞いた。

「その時は、長老が是非お会いしたいと」

 男たちは深々と頭を下げた。

「この森の中に人が住んでいるなんて……そんな話は聞いたことがない」

「シン様、何もお耳に入ることだけがすべてではありませんよ?」

 髭の男が言った。

「アイサ様、あの技を持つあなたは、アエル様と(えにし)のある方なのですね? お二人を私たちの里へご案内いたします、さあ、一緒にいらしてください」

 白髪の男が促す。

「どうする、アイサ?」

 シンは剣を納めるべきか迷った。

「この人たちに悪意は感じられない。今は少しでも多くのことが知りたいし……」

 アイサは三人から目を離さず答えた。

「そうだね。行ってみようか」

 シンも同意した。

 シンの目から見ても、どうしてもこの三人に悪意は感じられない。それどころか、本当に嬉しそうに誘うのだ。

「よかった」

 シンの返事を聞くと、若い男が飛び上がった。

「では、ウィウィップへ参りましょう」

 髭の男が急ぎ足で森の中を歩き出す。

「待て、ウィウィップって? それが君たちの里の名なのか?」

「そう、そう」

 若い男がしきりに二人を急かす。

「狩りをして暮らしているのかな?」

 シンはウィウィップの人たちの服にあしらってある毛皮に目を止めた。

「さあ、ついてきてください」

 白髪の男は振り返ったが、アイサはすぐには動かなかった。

「だけど、何故お母様のことを知っているのだろう……」

 それはシンにだけ聞こえる声だった。その声にわずかな戸惑いが混じっているのをシンは感じた。

「じゃ、アエル様って君の母上のことなのか?」

 シンが囁く。

「ええ、アエルはお母様の名前よ。だけどバラホアって何だろう? お母様は私に何も話してくださらなかった。私がほんの小さなころに死んでしまったのだから無理もないけれど」

「早く、早く」

「こちらです」

 ウィウィップの案内人は、しびれを切らして声を大きくした。

 オオカミたちも二人を呼んでいる。

「行こう。闇は得意だろう?」

 シンは剣を納めた。

「ええ、シンだって、ね」

 不安はあるものの、アイサはこの不思議な人たちのことも知りたくて仕方がなくなり、二人は案内人たちを追って駆け出した。


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