4.ビャクグンの罠③
クイヴル王シンとの謁見を果たし側近たちと顔を合わせを済ませると、オスキュラの使節団はストーら事務方と交渉を重ねることになった。ストーは交渉の場に顔を出しつつ、ブルフとともに城の警備の指揮を執り、ジェリノに指示してサッハに監視の目を光らせている。
イムダルとともに命を狙われる可能性の高いアイサは部屋から出ないようにと皆に言われていたが、それでも何かとシンについて行ってサッハの大通りから城の中まで警備の様子を見て回った。その警備だが、アイサにとってはどこか生ぬるいように思われてならなかった。
(本当にあれで大丈夫なのだろうか)
部屋のソファーに腰掛けていたアイサは、使節団を装うシェドの暗殺者の冷ややかな目を思い出し、眉を寄せた。
「アイサ様、お昼のご用意をいたします」
小さいルリが盆を運ぶ料理人と部屋に入って来て要領よくテーブルの支度を手伝う。二人分あるところを見ると、朝から会議が続いていたシンも一段落ついたようだ。
「ありがとう」
ため息交じりに答えるアイサに小さいルリは言った。
「退屈でしょうけれど、しばらく我慢してくださいね」
「これではどちらが年上かわからないわね」
アイサは苦笑した。そこへシンが戻った。
「シン、ビャクはいつ姿を見せるの?」
何度目かになる問いをアイサはまたした。ビャクグンがサッハに来ているとシャギルが言ってから、既に二週間ほど経っているのだ。今はまだシェドの動きはないというが、それが却って不気味だ。
「もうすぐじゃないかな?」
シンは食事の席についた。
「イムダルが離宮に戻ったってルリから聞いたわ」
アイサは面白くなさそうに言った。小さいルリが頷く。
「うん、病が癒えたようだからね」
シンは言葉少なに答えた。イムダルは離宮から花の間に移っていたというのだ。暢気そうに見えるイムダルだが、さすがに絶えずシェドから狙われて体調を崩していたらしい。
「花の間にいたなんて。お見舞いくらいさせてくれてもよかったのに。私に内緒にしておくなんてひどいわ」
アイサは膨れた。
「病だと聞けば君はすぐにイムダル殿のところへ行こうとするだろう? だけどイムダル殿自身が誰にも会いたくないと仰っていたんだ。バラホアのナツメ殿以外はね」
「ナツメがいるの?」
「いるよ」
「どうして言ってくれなかったの?」
「ナツメ殿はイムダル殿にかかりっきりだったんだよ」
シンは下を向いて食事に没頭している様子で、アイサとは目を合わせようとしない。
アイサはそんなシンを疑わしそうに見た。
「いいわ。私、これから離宮に行ってくる。離宮に戻れたんだもの、もうお見舞いに行ってもいいでしょ?」
「あ、それはだめだ。まだ二、三日は安静にってことだったよ。お見舞いはそれからでも遅くはないだろう?」
シンは慌てた。
「シン?」
明らかにシンはおかしかった。
(イムダルのことで何か隠しているのかしら)
「離宮の警護には誰があたっているの?」
アイサは用心深く聞いた。
「近衛の一団だ」
「他には?」
「スオウ、ルリ、シャギル、そしてクルドゥリの人たちがいる。だから心配はいらないと思うよ。ところで、グレンデル殿はどうしてる?」
(シン、話題を変えたわね)
アイサは思ったが、グレンデルのことも気がかりだったので、アイサはつい答えた。
「毎日パシ教のコミュニティーを回っているわ。そこで教えを説いたり、信徒の話を聞いたりしているの。グレンデルはサッハでも多くの支持者を集めているわ。私もサッハで何度もグレンデルの説法を聞いているけど、ますます司教らしくなっていく。グレンデルはパシ教にとって、なくてはならない人物よ。そのことがグレンデル自身を変えていくんだわ」
シンは頷いた。
「グレンデルのところへ行ってこようかな? みんな忙しそうで、私一人することがないんだもの」
アイサはシンを窺った。
「そうだね、外出してくるといい。でも、どこにいても油断しないで」
そう言ってシンは席を立った。




