3.最上階の住人⑨
身支度を整えたアイサはシンの使っている部屋を見回した。代々の王が天鈴の間に出る前に休むための部屋と言ったところだろうか。シンの言っていたように花の間と比べるとささやかなものだ。だが、四階だけあって隣の天鈴の間と同様その眺めはいい。その天鈴の間の窓を破ってエモンは飛び降り、死んだとアイサも聞いていた。
(その部屋の隣で暮らしながら、シンは何を思っていたのだろう)
冷静さを装って先ほどの小姓がテーブルの用意を始めた。その後から二人分の料理が運ばれる。
「また、シンの忙しい一日が始まるわけね」
テーブルに着いたアイサは言った。
「クイヴルはまだまだ内政も外政も問題が山積みなんだよ。だけど、今はオスキュラのことだ。イムダル殿を狙うシェドのこともあるしね」
シンは食卓の用意をした者たちと小姓を部屋から去らせ、慣れた手つきでお茶を入れた。
「私は離宮に戻ったほうがいいわね」
アイサはカップを手に取って一口飲んだ。
「いや、アイサにはここにいて欲しいんだ。この続きの部屋を使えるようにしてもらおうと思ったんだけど、いいかな?」
「えっ?」
「やっぱり、だめかな?」
シンは肩を落とした。
「シェドがイムダルを狙ってくるのなら、私は離宮にいて気をつけていようと思ったんだけど?」
アイサは真顔になった。
「そう言うと思っていたよ。でも、今回はだめだ。ビャクが連絡をよこしている。離宮の守りはクルドゥリの三人に一任して欲しいそうだよ。それに、離宮では、僕は尋ねて行ってもくつろげない。うるさい客が多すぎるよ」
「うるさい客って……あの人たちはクイヴルの重鎮たちよ?」
「そうだけど」
「でも確かにあそこは少し退屈で……本当は誰にも会いたくなかった」
アイサはクスリと笑った。
「アイサ、じゃ……?」
「シンのそばにいたい」
「それじゃ、決まりだ。僕はこれから会議があるけど、アイサはどうする?」
「私はこの城の中を見物してくるわ」
シンは少し困った顔をした。
「何?」
「いや……君がここにいたことは、きっとあちこちに伝わっているよ。一人でいたら、嫌な思いをするんじゃないかな?」
「ああ、それなら大丈夫。これを使うから」
アイサは虹色のベールの入ったポシェットを指差して、にっこり笑った。
「面倒なことは起こさないようにね」
つられて笑ったものの、シンはすぐに付け加えた。




