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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅰ.闇の炎
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6.ウィウィップの里①

 周囲に人の気配はなかった。隠れ家の入口から這い出したシンは、白々と明けてきた空を見上げた。

 すっきりとした朝だった。

 鳥たちが賑やかに木々の間を飛び回っているだけだ。

(アイサはゲヘナを封じるって言っていた。それならオスキュラの荒れ地にあるという宗教都市パシパを目指すんだろう。僕のせいでアイサまで兄上に追われることになってしまったけど……でも、もしアイサがいいと言ってくれたら、僕もアイサと一緒に行こう。たとえ便利な道具やゲヘナを封じる方法があったって、助けになるような仲間は必要だろうから。一緒に行けるところまで行って、僕もこの世界のことを見てみよう)

 シンは、もう一度あたりを見回して誰もいないことを確認し、隠れ家の上に立つモミの大木によじ登った。

 空気が冷たく清々(すがすが)しい。

 大枝の上に立ってみると、北には白い雪を抱いたパセ山地がよく見える。

 その手前に広がるのは黒々とした森。

 その森を迂回するように流れてくるラル川。それはストーの家の近くを通り、ラダティスの城から遥か先の海にまで続いている。

 ラル川の川筋を眺めていたシンは、ラダティスの城に目を移した。

(あそこは僕のいる場所ではなかった。いつもどこかへ出て行きたかったんだ。だけど、こんな形で城を出ることになるなんて……セグル、チュリ、カヌ……どうしているだろう?)

 シンは城の先に広がるクロシュの方向を見つめた。だが、ぎゅっと口を結ぶと、木を降り始めた。


 一方、アイサは自分がすっかり寝込んでいたのに気がついて、慌ててモミの木のうろから顔を出した。

 太陽の位置から言って、もう昼に近いと思われる。

 シンがやってくるのが見えた。

「シン」

「よく眠ったみたいだね? ちょっと外へ顔を洗いに行こう。近くにいいところがあるんだ。こっちだよ」

「エモン殿の兵はいないようね」

 アイサはあたりの気配を探りながら言った。

「犬も兵もいない。誰だって夜中に川をさかのぼるなんて、無理だと考えるよ」

 そう答えたシンが案内したのは、木立に囲まれた小さな滝壺だった。

 地面には所々白や黄色や紫の小さな花が咲いている。

「いいところね」

 アイサは大きく息を吸い込んだ。

「気に入ってくれたのは嬉しいけど、いつ追っ手が来るかも知れないってことは忘れないで」

「こっちはもう探されないんじゃないの?」

 アイサが笑う。

 それだけで鳥の声や水音が生き生きと響く。そのことにシンが気を奪われているうちに、アイサは顔を洗い、それから裸足になって滝壺に入った。

「そう手放しに安心してもいられないってことだよ」

 シンもアイサにつられて靴を脱ぎ、足を水に入れた。

 水は思った以上に冷たい。

「追っ手が来るかも知れないなんて、嘘みたいね?」

 屈託なく水の感触を楽しんでいるアイサにシンは表情を引き締めた。

「そうだけど、兄上がそう簡単にあきらめるとは思えない。いつまでもここでぐずぐずしているわけにはいかないよ」

「シンはこれからどうするつもり?」

 水の中に静かに立ったアイサはシンに顔を向けた。

「君は恐ろしい兵器、ゲヘナのところへ行きたいんだろう? 僕も行くよ。あれはオスキュラのパシパにある」

「シン」

 アイサの表情が曇った。

「ゲヘナは危険だわ……あの炎を利用している人たちも」

「ゲヘナの前に兄上は屈し、父上は命を落としたんだ。だから、僕にも関係がある」

「シン、危険だと言ったはずよ?」

「危険なんて……こんなことになった以上、どこにいても同じだよ。それならば、ただ逃げ回っているより、世の中を見てみたい。たった一人、行くあてもないんだ」

 シンは落ち着いていた。

 アイサの真剣な瞳がシンに据えられる。

 この時、シンはアイサが自分の心に触れたと思った。

「そうやって動物を手なずけるのかい?」

 シンは興味を持ってアイサを観察した。

 アイサは黙ってシンを覗き込んでいる。シンそのものを覗き込んでいると言った方がいいのかもしれない。

 シンはまっすぐアイサを見返した。

「シン、いいのね?」

 アイサの表情が緩んだ。


 滝壺からの帰り道、シンはアイサを連れて寄り道をした。

「ほら、ちょうど良かった」

 シンがアイサに見せたのは一面の花畑だった。

「ぐずぐずしていられないんじゃなかったの?」

 アイサは目を丸くし、それから笑った。

「せっかくだし、このくらいならいいかなって思ったんだ」

「もちろんそうよ……」

 アイサの心が花だけで一杯になる。

(不思議だ。私の見るこの花々はその色彩、質感、香、すべてを鮮やかに私に刻む。私たちは追いつめられているというのに。いや、だからだろうか?)

 ふと気づけば、傍らに立つシンも心に焼き付けるかのようにその風景を見つめていた。


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