2.ユチの流れ⑮
スオウ、ルリ、シャギルの後に続いてやってきた城の兵が小舟を用意して中州にいたシンとアイサを岸へ運んだ。
「アイサ、シン、大丈夫か?」
運ばれた二人を覗き込んだスオウに二人はかろうじて頷いた。
「体が冷えるとまずい。すぐにあったかくしてやるからな。ルリ、先に知らせに行ってくれ。スオウ、アイサを頼む」
シャギルはそう言うとシンを馬に乗せた。ルリが城に向かって馬を駆る。シャギルとスオウの馬が用心深く駆け出し、ハビロがそれを追った。
体を温めて数時間ぐっすり眠ったアイサは顔に温かい息を感じて目を開けた。
「あ……ハビロ」
ハビロがうれしそうにアイサの頬をなめる。
「目が覚めたわね」
離宮のソファーでくつろいでいたルリが言った。
「ルリ、シンはどうしてる?」
「アイサ、あなた……目が覚めて、いきなりそれ?」
ルリは笑った。
「だって、怪我していたのよ?」
「傷の手当ては済んでいるわ。ちょっと深かったけど、もう起き出しているでしょ。今日はビャクが来るから」
「ビャクが? こうしちゃいられないわ」
「まあ、何か食べてからにしなさいよ。起きられる?」
「もちろんよ」
アイサは軽々とベッドから起き上がって、ルリの隣に座った。
ルリはアイサの元気に呆れた顔をした。
「何時間か前は、あんなにぐったりしていたくせに」
「あの時はルリたちが来てくれたから、もう大丈夫だと思ったのよ。ミレ、二人分の食事をこちらに用意して」
アイサは部屋にいた女官に食事の用意を頼んだ。彼女と入れ替わりにリンカが薬を持ってやって来る。
「アイサ様、お目覚めになられたのですね。お元気になられて何よりですわ」
「アイサ、あの蝶は何だったの?」
ルリはリンカに目をやりながら聞いた。
「ああ、あれね」
アイサもちらりとリンカを見て、いたずらっぽく笑うと、剣を握って青く光る石の一つを取り出した。
「こうするのよ」
ルリとリンカが見守る中、アイサは目を閉じ、その手のひらにあった青い石は蝶に変わって部屋を飛び回った。
蝶がそっとリンカの肩に止まる。
「ひっ」
リンカが声を漏らした。
蝶は軽やかにリンカの肩から、目を閉じていたアイサの手のひらへと戻ってきた。
「この石は私の思うものに姿を変えて、私の思念を運ぶことができる。私はこの蝶を動かし、その感覚を通してルリたちを見つけて、助けに来てもらったのよ」
アイサは青い石を剣に戻した。
「アイサの思念か……それで、あんなにハビロが落ち着かなかったのね? あの蝶を見て、気が狂ったように駆けだしたのよ。ハビロにお礼を言いなさいな」
ルリはじっとアイサの一挙手一投足を見つめるハビロを見て言った。
「ハビロ、ありがとう。そしてルリも……本当にありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。でも、どう? ハビロの、あの得意そうな顔」
ハビロはご機嫌で、そのふさふさした尻尾を振っている。
ルリは笑い出し、それからまじまじとアイサの剣を見て言った。
「便利なものね」
クルドゥリの民であるルリは、その技術に素直に感心していたが、リンカの方はそうはいかなかった。
青ざめた顔をして、アイサを見つめている。
「リンカ、私に薬を持ってきてくれたのではないの?」
アイサはリンカに言った。
「はい、そうでした」
リンカは恐る恐るアイサに近づき、液体の入ったグラスを差し出した。
その手が震えている。
「リンカ、お前の方が病人のようね。その薬はお前が飲んでみる?」
ルリが言うと、リンカは凍りついたように動きを止めた。




