1.グチェの合戦③
控えた兵が天鈴の間の扉を開き、旅支度のままのナッドが入って来た。
「ナッド殿、クイヴルの危機だというのに遅いではないか」
早速かみつくガドにナッドは答えた。
「これでもススルニュアから大急ぎで戻ったのですが」
「ススルニュアだと? 姿が見えないと思っていたら……ススルニュアに行っていたのか?」
ガドは信じられないようにナッドを見た。
「はい、何とか、シン様のご到着に間に合いました」
ナッドがシンの前で膝を折る。
「ご苦労だった。さあ、立ってくれ」
「これで欠けていた情報が埋まるわね、シン」
ルリが微笑む。
「どういうことです?」
ストーが聞いた。
「イムダル王子がビャクとススルニュア平定に向かったと知った時に、スオウに連絡を頼んでナッドにはススルニュアに行ってもらったのです。ナッド、今までずっとススルニュアに関わってきたお前だ。ススルニュアの情勢と、イムダル王子のススルニュア平定の様子を詳しく話してくれないか?」
「はい」
シンに一礼すると、ナッドは話し始めた。
「ご存じのように、ススルニュアは各地が独自の文化を持ち、それぞれが小さな国のようです。それを代々のススルニュア王が束ねて来ました。それをまとめるのに大きな役割を果たしてきたのが、ススルニュア王家に従うシェドという集団です。この集団は暗殺と情報収集を得意とし、王に対する反乱を未然に防いで来たのですが、オスキュラ王はこの存在に目をつけ、逆にススルニュア侵攻に利用しました」
「ディアンケ王、戦上手と言われるだけのことはある」
苦虫をかみつぶすようにストーが言った。
「確かに」
ナッドは頷いて、続けた。
「オスキュラがシェドに約束したのは、ススルニュアでの彼らの権限の大幅な拡大です。それをうまく利用して、各地の有力者に取って代わったシェドは、オスキュラの後ろ盾を得て、事実上のススルニュアの支配者になりました。シェドはオスキュラに忠誠を誓い、ススルニュア王から実権を奪ったのです。ススルニュアの人々は、オスキュラによる兵の徴集や、搾取に苦しみ、生活ができなくなった男たちがやむなく傭兵として国を離れると、更に田畑が荒れました。そんな状況の中で、シェドやオスキュラに抵抗するため立ち上がる者たちが現れたのです。私がビャクグン殿から密かに彼らを支援するようにという手紙を受け取ったのは、海賊の頭目としてシン様,アイサ様、クルドゥリの方々にお会いしてから間もなくのことです」
「やはり、ビャクは抜け目がないわね」
ルリが満足そうに言った。
ナッドも微笑む。
「しかし、それだけではありませんでした。ゲヘナを破壊し、パシパの脱出に成功したビャクグン殿から、今度はグレンデルというパシ教の僧侶に会うよう知らせをもらったのです」
「グレンデルとはどのような人物だった?」
シンが聞いた。
「グレンデル殿は各地で貧民の救済に力を注いでいる熱心なパシ教徒でした。グレンデル殿を慕い、彼のもとに集まる者も多かった。人徳のある方でしたが、それでもパシ教徒です。我々は当初グレンデル殿を警戒していました。しかし、グレンデル殿がティノスのやり方に異議を唱え、ティノスを倒すことを考えていることを知って、我々は互いに協力し合うようになりました。これにビャクグン殿が率いて来たススルニュアの傭兵部隊を加え、ススルニュア独立のための組織が生まれたのです。もちろん、シェドはこの組織をつぶそうと動きましたが、ビャクグン殿から時を待つよう言われた我々は行動を控え、潜伏しました。そして、ついにイムダル王子の軍を任されたビャクグン殿がススルニュアに再び現れ、時を待っていた我々が立ち上がり、瞬く間にイムダル王子のススルニュアの平定は成し遂げられたのです」
「ススルニュア独立のための芽を以前から育てていた。それで、こうもすんなりと、今回のススルニュア平定が成ったというわけか」
キアラが言った。
「その通りです」
ナッドが頷いた。
「私はビャクグン殿に招かれ、イムダル王子にお目にかかる機会を得ました」
「そうか、ナッド殿は直にイムダル王子に会ったのだな? それで、どうだったのだ、イムダル王子は?」
尋ねるストーに、ナッドは答えた。
「正直に申せば、イムダル王子は、ほとんど口をきかず、終始ビャクグン殿の言うことに頷いているだけで聡明であったり、勇猛であったりという感じは受けませんでした」
「やはり噂通り愚鈍な方か……」
ストーの表情が曇る。
「しかし」
ナッドは続けた。
「ビャクグン殿は、そしてアイサ様も、一貫してイムダル王子に信頼を寄せていました。そのことは間違いありません」
「アイサも」
シンは呟いた。
「それで、その王子は全く口をきかずじまいか?」
スオウが聞いた。
皆がナッドを見る。
そんな彼らにナッドは最高の笑みを見せた。
「いいえ、一言、仰いました」
「それは?」
ナイアスが聞く。
「ビャクグン殿は我々に真似事程度の戦いをしたら早々に引き上げ、制圧されたよう見せかけて欲しいと仰った。するとイムダル王子は『もし、このススルニュア平定に協力してくれるなら、自分が国王となった際は、決してススルニュアの国境を侵さないと約束する』と」




