1.グチェの合戦②
天鈴の間に入ったシンとシャギルを、スオウ、ルリ、ナイアス、ガド、ブルフ、ストー、そしてキアラが待ち構えていた。
「長く城を空けて済まない。早速だが、この騒ぎの経緯を聞きたい」
シンの言葉に、まず、ガドが口を開いた。
「経緯も何も、一大事です。ススルニュアを平定したオスキュラのイムダル軍が、今度はこちらに向かっているというのですからな。直々に国境警備だと言うがオスキュラのことだ、何を考えているのかわかりませんぞ?」
ガドの鼻息は荒い。
「イムダル王子の率いる兵の数は五千ということですから、今は大したことはありません。ですが、こちらの出方によっては、オスキュラとの戦いになるかもしれません」
ブルフが焦りを浮かべる。
「早くジョヌ王女との婚礼を承諾なさらないと……こちらの真意を疑われることになっても仕方がない」
ストーが苦い顔でシンを見た。
「どんな形にしろ、ルテールはクイヴルの実権を握りたくて仕方がないのさ」
シャギルが肩をすくめた。
「スオウ、クルドゥリで聞いたことを皆に話してくれたか?」
シンが聞いた。
「話したのだが……」
スオウが言いかけたところで、再びガドが声を上げた。
「イムダル王子にはクイヴルと戦う意思はない。クルドゥリのビャクグンという者の力を借りて、その第三王子イムダルは兄のドラト王子とリュト王子を出し抜いて、王位を狙っているということですが……たやすく信じるわけにはいきませんな。そのイムダル王子とやらも、その情報自体も、どこまで信じていいのか……」
「何ですって?」
スオウは顔色一つ変えていなかったが、ルリがガドに冷たい視線を向けた。
「ガド殿、それはどういう意味です? クルドゥリの情報では信用できないと?」
「い、いや、ルリ殿、とにかく、現にオスキュラ軍が迫っている今、国の一大事だということに変わりはないということで……」
慌てるガドに、シンは頷いた。
「ナイアス殿はどう考えておられる?」
「私はスオウ殿、ルリ殿からクルドゥリの次期長老の話を聞き、その内容に大変興味を持ちました。ですが、イムダル王子の国盗りは、それが全てそのクルドゥリの次期長老の計略とイムダル王子の個人の力量にかかっている上に、イムダル王子が、我々にとってどれほど信頼に足る方なのかはっきりとしない。それにクイヴルとしては、下手に第三王子に加担してオスキュラ内の揉め事に巻き込まれるわけにもいきますまい。それより、今はあらゆる可能性を考えて、オスキュラ軍に対して万全の備えをするべきと考えます」
「失礼ながら、オスキュラ相手に万全の備えとは、いかなることを指すのですかな? いくら間抜けと評判のイムダル王子とはいえ、相手はオスキュラの王子ですぞ?」
ブルフが言った。
「その言い様は、ナイアス様に無礼だろう」
いきり立つガドを制してシンは聞いた。
「ストー先生はどうお考えですか?」
「私は、クルドゥリの情報は何よりも確かだとわかっています。スオウ殿とともに行動したときも、それは身にしみました。しかし、オスキュラはあのように強大な国です。ビャクグン殿の思惑通りにイムダル王子をオスキュラの王にできるかどうか……それに、これまで私が聞き及ぶ限りでは、イムダル王子は王の器ではないと……」
「うん、キアラはどう思う?」
「私もクルドゥリの力を思い知っております。その次期長老となるビャクグン殿のお言葉ならば、明確なお考えがあってのことでしょう。イムダル王子のことも、みな噂ばかりで、まだはっきりとしたことは申し上げられない」
キアラは言葉を選ぶように言った。
「それでは、どうだというのだ? 手を拱いて、みすみすやられるのを待てと言うのか?」
しびれを切らしてガドが叫んだ。
「いいえ。ただ、私の持つ情報で判断するのは難しい。無謀と言うべきでしょう。ですから、王、王のご判断を仰ぎたいと思います」
「皆、それぞれの考えは言ったか? しかし、キアラの言う通り、これでは判断するのは不可能だ。皆が納得するような情報が足らないということは明らかだな。では、後はナッドが来てからだ。ナッドなら新しい情報を持って来てくれるだろう」
「シン様、ですが、それでは間に合いませんぞ? オスキュラを敵に回すことは避けなくてはなりません。ここは早急に婚儀の話を進めておかなくては」
ストーが詰め寄った。
「私もストー殿に賛成です」
ナイアスは言い、ブルフも頷く。
「いや、他にやるべきことはいくらでもある。まずはオスキュラとの国境に近い領はもちろん、どの領も警備を増やす。ただし、これはそれぞれ領民を安心させ、普段通りの暮らしをさせるための表向きの対応だ。人々の不安に乗じて儲けようとする者、混乱させようとする者に目を光らせてくれ」
「シン様、それだけでは」
ガドが苛立つ。
「待てよ」
シャギルが言い、ルリが扉を見た。
「来たようだな」
スオウも頷いた。




