7.荒れ地の旅人⑦
バラホアの男たちに囲まれて、シンとシャギルは村の外れの丘まで歩いた。
「ちっ、用心しなくていいのか? パシパの奴らに入口を知られてしまったら、あんたたちではひとたまりもないぜ?」
体の動きを確かめながら、シャギルはあたりの気配を探った。
「でも、私たちにとっては入口ですが、他の者にとってはただの岩ですから」
男たちの一人が答えた。
そこには大きな榎の木があり、確かに、その下には一つの大きな岩が置かれていた。
小さな黄色い花が風にそよぐ。
シンに声をかけた男が岩の前に立つと、岩がぼんやりと光り始めた。
「クルドゥリと同じ仕組みか……」
呟いたシャギルが目を見張った。
音もなくぽっかりと岩が口を開いたのだ。
「今招かざる客が我々を出し抜いて無理に入ろうとしても岩は口を閉じてしまいます」
「または吐き出すか」
岩の前に立っていた男たちはそう言い、ためらいもなく岩の中に入った。中から男たちが二人を招く。
(クルドゥリの仕組みとは少し違う。むしろ、海の国のゼフィロウの城で移動するときに使われていたものと似ている)
岩を眺めるシンとシャギルをそばにいるバラホアの男たちが促す。
「何だか飲み込まれるみたいだぜ?」
「そうだな」
シャギルが開いた岩の中に入り、シンが続く。
すっと身が落ちたような感覚。
目を凝らすと、既にシンは一本の通路に立っていた。
「シャギル」
「ここにいる」
側にシャギルがいるのを確認し、シンは周りに目をやった。
「こちらです」
男たちが先に立って歩き始める。
彼らの後について、柔らかい光を発する通路を行く。
一行はその通路の上を歩いているのだが、通路自体も彼らを高速で移動させている。
通路が止まった。
そこは薄明るい小さな牧草地で、馬が放されていた。
牧草地の先に透明なカプセルが並ぶ。
それぞれのカプセルの先にはまた暗い道。
「お乗りください」
牧草地を横切ってカプセルに近づいた男たちは今度はシンとシャギルを連れて透明なカプセルの一つに乗り込んだ。
カプセルが素晴らしい速さで動き出す。暗闇の中のぼんやりとした光があっという間に後ろに飛んでいく。やがて、カプセルは止まった。
言葉を失うシンとシャギルがカプセルを下りると、また通路が続く。
「ここはどの辺りなんだろう?」
シンは呟いき、シャギルは肩をすくめた。
先を行く男たちが足を止めた。
その先に広場が見える。
気が付けば、爽やかな香りがしていた。
そして、かすかな水の音。
「ここがバラホアです」
先に立った男が振り返って言った。
(広場の噴水は、その地下を流れる細かい水路と繋がり、それは壁を覆う光る苔、人々の家に絡まるツタ、そして、おそらく多くの薬草を育てるための水となるのだろう。地下なのに爽やかなのは、ここに漂うこの香りのせいだけではないな)
シンは注意深くあたりを見回し、それから通路の壁や、見たことのない材料の使われた床を調べた。
(通気口がある。やはり、外からの空気を入れている。だが、この様子から見ると小規模とはいえ、ここには一集落分ぐらいの人口があるはずだ。地下で暮らすためには、かなり大規模なしくみが……)
「おい、シン、お前がぐずぐずしている間に、どうやらお迎えが来たようだ」
シャギルが耳打ちした。
見事な銀の髪……その面差しもどこかアイサを思わせる。
「カゲート様、これがお伝えした二人です」
「よく連れてきてくれました。ありがとう」
カゲートと呼ばれた男が声をかけると、男たちは一様に満足した笑みを浮かべた。
「では、私たちはこれで」
二人を案内した一行が広場で散り散りになる。それを見送って男は言った。
「バラホアへようこそ。私はここの長、カゲートと申します。あなたがシン殿、そして、あなたがシャギル殿だろうか?」
「名前まで……どうして?」
シンは首をかしげた。
「ああ、名乗った覚えはないな」
シャギルが眉を寄せる。
「アイサからいろいろ聞いているのです。アイサは少しの間、ここに滞在していたから」
「アイサから?」
シンが言い、シャギルが頷いた。
「なるほどね」
「さあ、こちらへどうぞ。お二人を歓迎いたします」
カゲートは大きな館に向かった。




