6.雲隠れ④
パシパの僧侶たちが何者かに襲われた翌日。
病状が悪化したディアンケ王のために王宮では大規模な祈祷会が催され、大小の貴族や高官たちが軒並み顔を揃えた。もちろんハネズも二人の甥を伴って列席する。
「さて、昨日の今日だ。アイサは来るかな?」
祈祷会の会場に入ったシャギルはあたりを見回した。
「王族の方々は別室に入られます。アイサ様はそちらにいらっしゃると思いますよ」
ハネズが答えた。
「ちぇっ」
シャギルは俯きがちなシンに目をやって舌打ちした。
王の病の快復を祈る祈祷の会では、招かれたパシの僧侶たちが揃って祈りをささげた。出席者はもっともらしく僧たちの祈りに聞き入るふりをしながら、時々ベールの奥に並ぶ王族たちを窺う。だが、ベールは厚く、かすかに気配が伝わるのみだ。やがて祈祷会が終わると、その後のパーティーまで参加者は大貴族の控えの間を行き来し、時間を過ごした。互いに王が崩御した後の出方を探りあう。これは、文字通り自分たちの浮沈のかかった問題なのだ。
「これだけ多くの貴族が来ていると、ハネズも忙しいな。義理の顔出しは、しなくてはならない」
シャギルはすれ違う貴族たちと如才なく会話を交わすハネズを見ながら言った。
ハネズに連れられて、シンとシャギルは王宮の貴族の控えの間が並ぶ廊下にやって来た。
控えの間とは言っても、そこにはそれぞれに意匠を凝らした豪華な扉が並ぶ。
ハネズは自分の控えの間に戻る前に、ひときわ見事な扉の前で立ち止まった。白い扉に花や楽器、そして馬車などが浮き彫りにされ、その部分には金箔が貼られている。
「ここがオウミ家の控えの間です」
扉の前で行き交う貴族たちに目を走らせていたオウミ家の者が目ざとくハネズの姿を見つけた。扉の前で待ちかまえていた係の者が恭しく扉を開く。
「ハネズ様、どうぞお寄りください。ヴァイオラ様がお待ちでございます」
鷹揚に頷くハネズの後に、シンとシャギルも続く。
その見事な扉が示す通り、内部は広くて立派だった。
控えの間とはいっても、その奥にも更にいくつか部屋がある。
入り口近くのテーブルで飲み物を受け取ったシンとシャギルは、集まる客の視線の中をゆっくりと歩いていくハネズの姿を見送った。
どこから見ても、ハネズはその動きが注目される有力貴族だった。
だが、本人たちは気づいていないが、最近、そのハネズが連れている甥たちにも注目が集まっている。
明るく輝く金髪と青い瞳。すんなりと伸びた手足に、人を惹きつける陽気な表情。それが整った顔立ちを甘く、魅力的なものにしているシャギル。
そのシャギルよりは少し年下だが、黒い髪に灰色がかった黒い瞳、飾り気のない服と、白く肌理が整った肌がその理知的な顔立ちを引き立てているシン。
その二人の視線の先では、なるほど堂々とした姫がハネズと挨拶を交わしている。
「あれがヴァイオラ姫だ。な? この辺じゃ、結構な美人だろ?」
シャギルが言った。
「なんだか勿体ぶった人だな」
艶やかで大人らしいヴァイオラは、多くの取り巻きに囲まれている。そんなヴァイオラを見て、シンは正直な感想を述べた。
そのヴァイオラがハネズと一緒にやって来る。
「おっと、早速ご対面の栄誉だぜ? しくじるなよ、シン」
シャギルはシンに耳打ちした。
「ハネズ様のご親戚の方とうかがいました。ご挨拶が遅れました。ヴァイオラと申します。どうか、このルテールを楽しんでいらして下さい」
女とはいえ、この場の主人であるヴァイオラが、まず客であるハネズの甥たちに声をかけた。
「お目にかかれて光栄です」
シャギルは楽しそうに目を輝かせ、一方シンはヴァイオラを冷静な目で眺めた。
「どうかいたしましたか?」
賞賛や賛美の視線に慣れているヴァイオラは首を傾げた。
「失礼いたしました。以前からオスキュラのような大国の政治に大きな力をお持ちになる女性とは、どのような方かと思っていたものですから」
シンは悪びれずに答えた。
「それで、実際には、どうでしたか?」
挑むようにヴァイオラが見返す。
「思ったより普通の方なので……驚きました」
ヴァイオラの眉が跳ね上がった。
「おい」
慌てたシャギルがヴァイオラとシンの間に入った。
「ヴァイオラ様、礼儀知らずなことを申し上げてすみません。この者はこちらに来たばかりで……今までヴァイオラ様のように、政治に力のある女性を知らなかったものですから……ですが、失礼ながら私も、こうしてお会いするまでヴァイオラ様のことをただの男まさりな方だろうと思っていました。それが、こんなに美しくて、女性らしい、嫋やかな方だったとは……」
シャギルは優美に微笑んだ。
「まあ、嬉しいことを」
ヴァイオラは機嫌を直すと、改めてシンを見た。
「こちらに滞在されている間に、礼儀も含めて、いろいろとお勉強なさるとよろしいわね」
「そういたしましょう」
皮肉交じりのヴァイオラにシンが素直に答える。
「ハネズ殿、一つ貸しにしておきますわ」
微笑むヴァイオラにハネズは苦笑し、頭を下げた。




