6.雲隠れ②
シャギルとシンは酔いを覚ますような風情でパーティーの行われている広間から外に出た。
「ハネズ様、こちらのお二人は先にお帰りですか?」
大広間の扉近くに立つ衛兵が声をかける。
「いや、少し風に当たりたいらしい。すぐに戻るだろう」
「左様でございますか。しかし、王宮内をあまり勝手に歩かれると……特に居住区の近くで怪しまれると命の保証はありません。くれぐれもお気をつけ下さい」
「ああ」
保護者らしくハネズが頷く。
「わかっているよ」
シャギルが明るく答えた。
「あの衛兵の言う通りです。油断しないでくださいね」
衛兵が持ち場に帰ったのを見て念を押すと、ハネズは豪華なシャンデリアの光が金箔と鏡に反射して眩しいほどに光の溢れている大広間に戻った。
「シン、こっちだ」
シャギルは王宮の回廊を慣れた様子で歩いていく。パーティーの喧騒から離れてほっとしたシンがシャギルに並んだ。
「シャギル、ここのところ、夜になるとよく出かけていただろう?」
「いやあ、知り合いを訪ねてあちこち回ったんだが、さすがビャクだ。イムダルの寵姫について、不審なところはどこにもない。仲間内にもアイサについての手がかりはまるで残していないよ」
「そうか」
シンは顔をしかめた。
「だが、近いうちに、そのしっぽをつかんでやるさ。さてと、あそこだ」
シャギルは陽気に言った。リュト王子の居住区の周りは警備の兵が囲んでいる。二人はそれを遠くで眺めた。
「こっそり行くぜ?」
シャギルがシンを振り返る。
「これがある」
「よし」
シンが取り出した姿を消すベールをかぶり、二人はぴりぴりする空気の漂うリュト王子の居住区に潜り込み、リュト王子の中庭に入った。
「さてと」
シャギルはさっさとベールから出た。シンもベールを懐にしまう。
身を隠した茂みの先を居住区の使用人らしき男が通りかかった。
「客は誰だ?」
背後から男を捕らえ、その首にナイフを突きつけたシャギルが囁く。
「パシパの……僧侶様……」
男のかすれた声が途切れた。
既にシャギルの手の中で男の意識はなくなっている。
「オスキュラ王ディアンケは、ティノスと結びつきパシ教を擁護してきた。その王の回復を祈るため、パシ教の僧侶が王宮に出入りするのは、不思議なことではないが……」
男の口をふさいで縛り上げ、その体を転がしながらシャギルは言った。
「パシ教徒か」
シンが眉を寄せる。
「リュトがわざわざパーティーの席を外して会うほどの奴がいるってことだ」
シャギルの瞳が輝く。
茂みの中から二人は息を殺して中の様子を窺った。
しばらくすると僧侶がぞろぞろと部屋から出てきた。
彼らは回廊を通り、居住区の出口へ向かう。
「ただの見舞いのはずがない。どんな話をしてきたのやら。あいつらを追ってみるか……」
シャギルが呟いた時だった。
いきなり一つの影が僧侶たちに襲いかかった。
「ぐぐっ」
「どうなさいました?」
僧侶を先導していた使用人が声を上げる。
その間にもリュト王子を訪れた僧たちが倒れていく。
「誰か、誰か来てくれ」
「くせ者だ、客人が襲われたぞ」
駆け付けた警備兵が口々に叫ぶ。
「とんでもないところに居合わせてしまったようだ」
嬉しそうに言ったシャギルが、僧侶たちが出てきた部屋に目を向けた。
白髪交じりの男が姿を現す。
「ほう、これはいい。あいつの手の内が少しは見られるかも知れないな」
一方、襲いかかった影の方に目を凝らしていたシンが息を飲んだ。
「シン、どうした?」
「あ……あれは、アイサだ」
「えっ、何だって? 本当だ……こんなところで……どういうことだ?」
シャギルの気が一瞬にして張りつめた。




