5.ルテール⑭
「どうなさいました? あの子たちのおしゃべりに疲れましたか?」
ジョヌ姫の居住区に向かって再び花を載せた荷車を押すアイサにアキは聞いた。
「いいえ」
アイサは軽く首を振って俯いた。それにしてはドラト王子の居住区を出てからアイサはずっと黙りきりだ。アキは立ち止まり、アイサの青ざめた顔を覗き込んだ。
「ジョヌ姫とクイヴル王とのご結婚のお噂でもお聞きになりましたか?」
「アキ……」
「やはり、そうですのね? そのお話は本当です。両国にとって最も望ましく、自然なことですわ」
アキはきっぱりと言ってまた歩き始めた。
シンがタレイの平原でナハシュを使った時、アイサはどんなにシンの傍にいたいと思ったことだろう。
しかし、今度は全く違っていた。
自分でも驚いたことに、アイサはどこまでもどこまでも逃げて行きたくなったのだ。
シンのいない世界へ。
今にも駆け出したい思いをアイサは懸命に抑えた。
「さあ、こちらがジョヌ姫のお住まいですよ」
アキの声がアイサの意識を現実に引き戻した。
明るい佇まいに花の香りが漂う。
概して複雑で、アイサなどにはきついとしか思えない王宮の香りの中で、ここの香は柔らかく優しい。
家具や調度品もドラト王子やリュト王子のところのような重厚感はなく、軽くて、若々しかった。
奥に通されると、出迎えた女官が荷車から花々を下ろした。荷車は入口近くに寄せられる。それを確認するとアキは慣れた様子で近くにいた女官と話し始めた。
アイサはただアキの後ろに控え、居住区の主を待つ。
間もなく堂々とした女官たちを引き連れて若い娘が現れた。
皆が深々と頭を垂れる。
「アキ、ご機嫌はいかが? あのお花は早速部屋に飾らせます。ウィステリア様にジョヌがお礼を申し上げていたと伝えておくれ」
(この人がジョヌ姫か)
イムダルと年が離れているように見える。
シンやアイサよりもさらに年下で、ふっくらとした桜色の頬が愛らしい人だった。
アイサはジョヌから目を逸らした。
(私は馬鹿だ。シンは……もう以前のシンではないのかもしれない。シンはクイヴルの王になってしまったのだ……戦いは避けなくてはならない。国同士の関係を安定させるために王族の血はシンの助けになるだろう。それがオスキュラの王族の血であれば申し分ない。ドラト王子のところの女官たちが言っていたように、戦いも減るだろう。少なくとも、しばらくの間は。そうすればシンのことだ、その時を無駄にはすまい。きっと堅実な策を持ってクイヴルを強固なものにするだろう。逆に……もしも、この話を断れば、クイヴルの立場は悪くなる。オスキュラに牙をむく意ありと受け取られるかもしれない。私は……シンにもうあの剣を振るって欲しくない)
ウィステリア王妃からの挨拶の言葉をジョヌ姫に伝え終えたアキに連れられて、アイサはジョヌ姫の居住区を出た。
イムダルの居住区に戻るまで、アイサはまたずっと黙ったままだった。




