5.ルテール⑧
こちらはイムダルの居住区。
シンの心配をよそにドレスを脱いでくつろぐアイサに、カゲツが何とも言えない顔をして言った。
「アイサ様があのようにパーティー慣れしていらっしゃるとは、思っておりませんでした」
中庭の月が見える。
夜風が心地よかった。
カゲツは優秀な女官である。使う気ならばいくらでも美辞麗句を使うことができるが、アイサに対してそれをする気はないようだった。
「我ながらよくやると思っているわ。昔からパーティーは苦手だった。だから、できる限り出なかったのに……それが、こんなところで毎日のように出ることになるなんて」
「昔からと仰いますと? それは、どちらの……」
カゲツは聞きとがめた。
「カゲツの知らない国」
アイサは呟いた。
その横顔の美しさに思わず目を奪われたカゲツは、慌てて話を戻した。
「多くの方々からお声をかけていただいて……アイサ様、あなたは、今ではルテール王宮で引っ張りだこです」
「ふふ、今のところ、ぼろは出ていないみたいね」
「ですが、油断はできませんよ。ところで、明日はドラト王子の居住区に行かれるそうですね?」
「ええ、案内してくれる人ができたから。後をよろしくね」
「アキ殿とはどのようなご関係なのです?」
カゲツはアイサを窺った。
「ビャクの知り合いよ」
「ビャク?」
「ほら、イムダルの軍師役の」
「ああ」
『アイサのことを最優先に、それだけは忘れないで。それと、ここにはこの居住区以外にアイサを助ける者がいることを覚えていなさい』
美しい、それでいて得体のしれないイムダルの軍師という女が、ススルニュアに向かう間際に残した言葉が浮かぶ。
アイサは窓の近くのカウチに横になって伸びをし、夜風に当たった。それをカゲツが目で追う。
「まさか、アキ殿がお手伝い下さるとは……あの方がご一緒して下さるなら、私も安心ですが……」
(アキというのはクルドゥリの人だが、カゲツはそのことまでは知らないらしい)
カゲツの様子からそう見てとったアイサはおっとりと話を合わせる。
「そう……優秀な方なのね」
「それはもう。女官のお手本のような方です」
「お手本? えっ、それは、もしかしたら……」
アイサは思わず身を起こした。
『せいぜい鍛えられるといいわ』
あのビャクグンの台詞がアイサの頭をよぎったのだ。
この翌朝、まだ暗いうちにアイサはひとりでイムダルの居住区を出た。ズボンに洒落た上着、それに合わせた羽根つきの帽子を被っている。
向かう先はリュト王子の居住区だ。
王宮内は、まだ人影がまばらだった。それでも見張りに立つ衛兵が目を光らせている。
王宮で働く少年の姿をしたアイサは堂々と王宮の回廊を歩いた。だが、堂々とはしているが、絶えず周りの気配を探っている。
一番警戒したいのは、リュト王子の居住区に出入りしているシェドだ。
(イムダルの話では、他にも変わった連中がいるらしいけど……)
リュト王子の居住区に近づいたアイサは、そこでじっと気配を探った。
(シェドと、それらしい気配はないな)
「おい、お前。ここで何をしている?」
リュト王子直属の兵がアイサに声をかけた。
「はい。イムダル様のところにいらっしゃいますアイサ様より、こちらにお届け物を預かって参りました。リュト様に是非召し上がっていただきたいと」
使いの少年の格好をしたアイサが差し出した籠の中には、色とりどりの珍しい果物が入っている。
「そうか、預かろう」
男はさっさと籠を受け取ると、その先にある豪華な扉を開けてその中に入って行く。それを見送ったアイサはあたりに気配がないのを確認して、回廊からもその緑が見えるリュト王子の居住区の中庭に忍び込んだ。




