5.ルテール④
広間には、すでに女官や警備兵をはじめ、居住区で働く文官、武官、料理人、雑用をこなす者たちが集められていた。
そこにカゲツのよく通る声が響く。
「しばらくこちらにご滞在なさいますアイサ様です。イムダル様からは、ご自分と同様にお仕えして欲しいとのことです」
(自分と同様にって……それじゃまるで……ますます身内、というか妃みたいじゃないの)
アイサは耳を覆いたくなったが、集まった者たちは、あらかじめその話を聞いていたのか驚く様子もない。
代わりに隠しきれない好奇心が伝わってきた。
「アイサ様、何かお言葉を」
カゲツが促した。
(こうなったら、仕方ない)
アイサは力なくカゲツを見ると、皆に向き合った。
「私はこの王宮のことを全く知りません。ここにいる間、皆の助けが必要となるでしょう。どうかよろしく頼みます」
短い挨拶をしたアイサは、王宮を知る誰の目から見ても、どんな姫よりも神秘的で美しく、目にした人の心を捕らえた。
アイサの部屋にカゲツと三人の女官がやって来た。
「この者たちが、アイサ様の身の回りのお世話をいたします。何なりと御用をお言いつけ下さい」
カゲツよりはずいぶんと若い。三人の中には、昨夜アイサの身代わりになっていた娘もいた。髪の色は元に戻したらしく今は栗色だ。
「あなたは?」
「ルナと申します」
「昨日はありがとう、ルナ」
「いいえ、とんでもございません」
アイサとは体格は似ているが、顔立ちとなるとずいぶん違う。それでも全く違和感がなかった。この居住区には、ルナのように特別な訓練がされている者が他にもいるのかもしれなかった。
(イムダル、なかなかやるわね)
アイサは微かに笑みを浮かべた。
「そうだ、このルテールの町をもっとよく見たいの。ここで必要なものはそこで買うんでしょう? 今度連れて行ってね」
「必ず尾行されることになりますが」
ルナはカゲツを窺いながら答えた。
「この間もつけられていたわ。ナツメが目当てだったと思うけど」
アイサは言ったが、カゲツは心配そうだ。
「もし王都をふらふらしているのがアイサ様ご自身だとわかったら、余計な詮索をされますよ」
「大丈夫よ。何しろ荒れ地から来た娘ですもの、何にだって興味はあるわ。それと王宮内を見て回りたいの。案内して」
「わかりました。あなたの便宜を図ること、これがイムダル様のお言いつけですものね」
カゲツは頷き、それからアイサを見つめた。
「こちらでは連日のようにパーティーが開かれています。アイサ様にも招待状が届いておりますが、そちらは、どういたしますか?」
「王が重病なのに?」
アイサは驚いた。
「重病だからでございます。第一王子のドラト様も、第二王子のリュト様も、父王の亡き後の王座を巡って有力貴族を取り込もうと躍起になっていらっしゃいますから……大小の貴族たちも活発に動いていますわ」
「イムダルはススルニュアに送られて蚊帳の外なのね。いいわ。見物してみたい」
「それでは、早速そちらの方もご用意いたしましょう。ただし、くれぐれも勝手なことはなさいますな。目立つようなことはいけませんよ」
カゲツが釘を刺す。
「任せて」
明らかに気をもんでいるカゲツと女官たちに、アイサは気軽に請け合った。




