5.逃亡①
城を囲む森が近づくとアイサは足を止め、煌々と明かりの灯る城を見つめた
「待って、シン。様子が変だわ」
森は相変わらず闇に沈んでいる。しかし、アイサはその先で何かが蠢いているような嫌な気配を感じ取ったのだ。身をひそめながら城に続く堂々とした道を調べに行くと、見張りの兵が格段に多かった。
「あれは城の兵じゃない」
シンの声が震えた。
「王都の兵?」
「ああ」
二人の目が合う。
「シン、急ぎましょう」
二人は森に入り込み、駆けた。城が近づくとアイサがベールを取り出し、二人の姿を消す。
城の周りには松明が焚かれ、辺りは昼間のように明るかった。
城の門に目をやったアイサにシンが頷く。姿を消したシンとアイサは兵が固める城の門をそっとくぐり、城内に忍び込んだ。
城の中はやはり見慣れない兵ばかりだ。そこへ、城の者たちが引き立てられてやってきた。
「ラダティス公はどこかしら?」
アイサが囁いた。
「まずは……こっちだ」
中庭に集められた城の者たちの中にラダティスの姿がないのを見て取って、シンはラダティスの居室に向かった。
「ああ……」
アイサの声が震えた。あちこちに城の者の遺体が転がっている。主にラダティスに仕えていた者達だ。通路についた血糊は新しく、あたりにはむっとするような血の匂いがしていた。
「みんな……殺されている」
シンの心臓がどんどん速く打ち始め、シンは呼吸が苦しくなった。
「シン」
アイサがそっとシンを呼んだ。我に返ったシンが隣のアイサを見ると、アイサは一切その気配を消している。
(そう……か)
ここにいるのは兄エモンの連れてきた王都の兵たちだ。いくらベールで姿を消していても、この混乱の中で自分たちの気配を悟る者がいてもおかしくはない。
(父上をお助けしなくてはならないのだ。落ち着け、呼吸を整えろ。ここで見つかったらおしまいだ)
シンは気配を気取られないようにと、必死に自分に言い聞かせた。しかし、シンの心臓はシンの必死の思いとは無関係に、激しく打つばかりだ。
だが、二人にとって幸いなことに、彼らの中に姿を消した二人に気付くほど余裕のある者はいなかった。兵があちこちで怒鳴り声を上げながら部屋を覗き込んでは、誰かを探している。
(父上はまだ見つかっていないのか?)
シンがほっとした時だった。
ひときわ大きい声が聞こえた。
「何故見つからない? 例の妙な娘もいないだと? もう一度シン様の行きそうなところを城の者に聞き出せ。クロシュの町も探すんだ」
二人は思わず顔を見合わせた。
(クロシュに行っていたのは正解だった……だけど、よりによって、なんで今夜なんだ)
『わしはむしろ手遅れにならないことを祈るよ』
老婆の言葉がシンの頭をよぎる。
「シン、あれ」
ラダティスの居室に近づいたアイサが目で示した。
部屋の扉を数人の兵が守っている。
「相手は六人。シン、どうする?」
アイサは兵の持つ剣に目をやった。
「こっちだ」
シンはアイサを引っ張り、ラダティスの居室の隣の部屋の前に立った。
静かにその扉を開いて滑り込む。
そこはラダティスの趣味のための部屋で、王都の兵が守っているラダティスの居室につながっていた。もどかしい思いでチェスやビリアード台をすり抜けると、シンはラダティスの居室に続くドアを少しだけ開き、二人はそっと中を覗いた。
アイサは血の気が引くような気がした。
(ああ、なんてことだろう)
シンとアイサがそこに見たのは、血だまりに倒れているラダティスと、それを静かに見下ろすエモンの姿だった。
「シン、シン、しっかりして。こうなったら、ひとまずここを抜け出すしかないわ」
アイサは素早く気持ちを切り替えて囁くとシンの手を取った。
シンがその手を振り払う。
「シン」
アイサは慌ててシンを抑えようとしたが、遅かった。シンはベールから飛び出し、ラダティスのもとへ駆け出していた。




