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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅳ.ルテールの饗宴
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4.果たせなかった約束⑥

 クルドゥリの長老フタアイは、若い頃からクルドゥリの電脳の管理に活躍した優秀な研究者である。その豊富な知識と穏和な性格で一癖も二癖もある研究者や技術者をまとめ、育ててきた。

 その実績を買われて長老に就任してからもう長い。

 今は、早くビャクグンに後を譲って、研究職に戻ることが彼の願いだ。

 各地で戦いが起こり、勢力図がめまぐるしく塗り替えられるこの日々は、フタアイにとって気が抜けない。まして、クルドゥリは今までその莫大な富と知恵のために幻の国と呼ばれ、密かに探索されていたが、ついに自らその存在を明らかにしたのだ。クルドゥリは新たな生き方を模索しなければならない時代に入っている。

 そして、そんな時だからこそ、フタアイの後継者としてのビャクグンの存在は願ってもない。その的確な読みと先見性、そして各国を歩いた経験は、これからのクルドゥリに絶対に必要なものだった。

 忙しい毎日を送るフタアイだったが、シンは物静かでよい聞き手だったので、彼は喜んでシンと話をした。シンの方も、フタアイの常人離れした知識の深さと、その誠実な人柄に大変惹きつけられていたので、フタアイと過ごす時間は楽しみだ。

 フタアイは輝く塔で早朝の瞑想をすませると、町を歩き、塔に戻って朝食を取る。その長老と一緒に朝食を取るのが、いつの間にかシンの日課になっていた。

 

「フタアイ様、オスキュラの王都ルテールから知らせが入りました」

 食事中の報告も、ここでは珍しいことではない。

 クルドゥリの長老のもとへは、真っ先に各地の情報が入る。普通は、長老が大まかな内容を把握した後、その情報は各専門分野の委員会へ送られ、検討される。それが再び長老をはじめ、三役のもとへと戻ってくるのだが、初めに情報を受け取った段階で、長老が緊急性が高いと判断すると、直ちに関係者に招集がかかり、全員での検討になる。

「いかがいたしましょうか?」

 使いの者はシンの方を窺った。

「シン殿のことなら、遠慮はいりません。入った通りの報告をしてよい」

「では、ビャクグン様からです。イムダル王子の一行はアイサ様をルテールの王宮に残し、ススルニュアの平定に向かうとのことです」

「何ですって?」

「本当か?」

 シンとフタアイは声を上げ、顔を見合わせた。

「で、何故アイサ殿がひとりルテールに残られるのだ?」

 フタアイが慌てて聞いた。

「アイサ様はルテールの王宮に気がかりがあるようですが、詳しいことは何も……ただ、王宮に入っている者には、ビャクグン様がアイサ様のために便宜を図るよう命ぜられた、とのことでございます」

「ルテールにいるクルドゥリの者にさえ、詳しいことを知らせないなんて……アイサは何をする気なんだ? アイサの他に、ルテールの王宮に残った者はいるのか?」

 シンが聞いた。

「荒れ地一の医師といわれるナツメという者が」

「医者か……ナツメといえば、バラホアの者ですね」

(バラホアだって?)

 フタアイが呟くのを聞いたシンは心の中で叫んだ。

「ところで、ビャクグンに送った一団は、もうビャクグンと接触したでしょうか?」

 首をかしげていたフタアイが使いの者に聞いた。

「はい。ビャクグン様がルテールに着く前に、ビャクグン様に追いつきました」

「フタアイ様、その一団というのは?」

「ススルニュアの暗殺集団シェド対策です。ビャクグンはススルニュアでイムダル王子のススルニュア平定を助けながら、それに紛れてシェドに仕掛けるつもりです」

「ビャクと戦うなら、ひとつのことに気を取られると痛い目に遭う。僕も身にしみています」

 シンは言い、フタアイは頷いた。

「イムダル王子は、これ以上ない軍師を得ましたね」

「ええ。それで、他に何か伝言は?」

 シンは使いの者に聞いた。

「それが……ビャクグン様が、シン様によろしくと」

「僕によろしく?」

「こちらにシン殿が見えたことを知ってのことでしょうが……まったく……もう少し付け加えることはなかったのでしょうか? あれは……肝心なところで言葉が足りません。お許しください、シン殿」

 フタアイは申し訳なさそうに言った。

「よろしく……か。そんなことより、いっそのこと、僕はこれからすぐにオスキュラへ行きたい。ルテールの王宮へ行き、何が起こっているのかこの目で確かめたい。フタアイ様」

 シンはフタアイを見つめた。

「オスキュラまでは、一月かかります」

 フタアイは答えた。

「いいえ。クルドゥリの力を借りれば、もっとずっと早いはずです。お願いです。お力を貸していただきたい」

「あなたはクルドゥリの道のことをご存じなのですね? まあ、その剣をお持ちならば当然のことですが。あなたは私が拒んでも、その剣でクルドゥリの電脳を操作し、クルドゥリの道を使うことができます」

「僕は自分からクルドゥリを敵に回すようなことはしません」

「どうしてもオスキュラの王宮を覗いてみたいと……こう仰るのですね?」

「はい。このままでは聞いた話ばかりで、何が起こっているのかわからない」

「ですが……今のところ、クイヴルに直接関わることはないと思いますが」

「……アイサのことが気になります」

「王として失格ですね」

 フタアイのいつもの温和な表情が厳しくなった。

「何と仰ろうと」

「ビャクはともかく、あなたまで。王になりたての方が長く国を空けるなんて」

 フタアイは非難するようにシンを見た。

「これから見聞きしたことが後できっと役に立ちます」

 シンは食い下がった。

「我々の多くの仲間が、今まで長い時間をかけて各地に根を張り、人を動かし、その国の中枢にまで影響を与えてきました。彼らが命がけで集めた情報はここに送られ、その情報をもとに我々は最善と思われる道を選んで来た……」

 フタアイは高い塔の窓から遠い山々を眺めて、それからシンに目を戻した。

「しかし……あなたも、ビャクも情報を待ち、判断を下すべき人間であるはずなのに、自らその場に赴く」

「僕は、クイヴルに戻ってしまえば、そう易々(やすやす)とは国を出られなくなります」

 真剣に頼み込むシンの顔を見て、フタアイは言った。

「わかりました。ルテール行きの手配をいたしましょう。それから王宮に出入りしている者に連絡を取り、シン殿のために便宜を図るよう伝えましょう」

 フタアイは頷いた。

 シンがほっと胸をなで下ろす。

「そうだ、この機会に、ご自分の目でオスキュラを見られるようにいたしましょう。クルドゥリの道を通るよりは時間がかかりますが、せっかくですからね」

「いいのですか?」

「新しいものを見つけ出すのに観察と手間を惜しんではいけない。確かに、これは基本です。それに、ここで悶々(もんもん)としているより、いいかもしれない」

「ありがとうございます、フタアイ様」

「お安い御用ですよ。それよりシン殿、これでビャクがアイサ殿をお守りせず、イムダル王子とススルニュアに行ったことを許してもらえますか?」

「そんなこと……もともとアイサが自分で決めたのでしょうから……」

 戸惑うシンを見て、フタアイは白髪を揺らし、朗らかに笑った。


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