1.イムダル⑦
イムダルが用意した天幕に戻った二人は、そこでハビロの歓迎を受けた。ペックの方はすっかり酒が回って、ぐっすりと眠っている。
アイサは返された剣を取り、柄を握る。
「何か嬉しいことがあったの?」
ビャクグンがアイサの顔を覗いた。
「シンがファニの城を取り戻して、もうサッハに向かってる」
アイサは微笑んだ。
「順調のようね。再会できる日も近いかも知れないわね」
「だといいけど。でも、いくらクルドゥリの助力があるからと言ってもそんなに早くサッハが落ちるかしら?」
「アイサ、シンには軍を動かし、国をつくる才があるわ。あなたにはわかっているでしょうに」
ビャクグンは冷静に答えた。
(確かにわかっている。シンは考えることを厭わない。あらゆる可能性を考慮し、そして行動は大胆だ。捕らわれる欲がなく、遠くを見つめる。待つこともできる。人との出会いがシンを大きく成長させた。何より、セジュに行ってシンは変わった。少し、父上に似てきたような気がする……)
アイサは、思わず頬を赤くした。
「アイサったら、何考えてるのよ?」
「何って……だからって、戦いに敗れないとは言えないし、シンの身にもしものことだってあるかもしれないってことよ」
からかうビャクグンから目を逸らしてアイサは慌てて難しい顔をした。
「シンは大丈夫よ。みんながついている。あの剣もある。それより、心配なのはあなたの方じゃないの? そう言えば、おとなしくクルドゥリで待っているはずだったわよねえ?」
ビャクグンは意地悪く言った。
「シンが悪いのよ。私を置いていくからよ。そのうちにどんどん心配事が出てきて、居ても立ってもいられなくなったんだわ」
「わかるけど……そういうところはまだまだ子どもね」
ビャクグンは笑った。
アイサの脳裏にシンの怒った顔が浮かぶ。
「でも、あの状況に置かれたら、私は何度でも同じ行動を取るわ。それにしても、ススルニュアの動乱も続いているっていうのに……バラホアの薬か」
「アイサ、それはまた改めて考えましょう。今はだめだけど、近いうちに……」
なだめるビャクグンをアイサは遮った。
「ビャク、私はイムダルと一緒に行く」
まっすぐ自分を見つめるアイサに、ビャクグンは大きく溜息をついた。
「まったく、あなたって子は。アイサ、薬のことを知れば、あなたはまたティノスと関わることになる。それがわかっていたから、バラホアのことは黙っていたのに。せめて、私の用が済むまで知られたくなかった。私はどうしても一度クルドゥリに戻らなくてはならないのよ? 一緒に行くまで待てない?」
ビャクグンはもう自分の感情を隠さなかった。
こちらもまっすぐにアイサを見つめる。
「ビャク、ひとりで行くわ。早い方がいい」
アイサはその視線を受け止めると、すっきりとした顔で言った。
「その顔……シンのことを心配しているときと随分違うじゃないの? まあ、バラホアはアエル殿の故郷だから、アイサが気になるのもわかるけど……シンに恨まれるわ。アイサを一人にするなんて。いいえ、それどころか、よりによってオスキュラの王子の所に置いてきたなんて知れたらどうなることやら」
「大丈夫よ。オスキュラの王子といっても、イムダルは他の追っ手とは違うから」
「あなたって人は……シンでなくとも、大いに心配だわ。でも、あの王子……これが一つのチャンスだって事はわかる。仕方ないわね、せいぜい急いで帰ってくるから、それまでは無茶をしないで。オスキュラ軍のまっただ中にたった一人でいるってことを忘れないで」
ビャクグンは厳しい顔で言った。
「初めてここに来た時もひとりだったわ」
アイサは明るく答えた。
「それで、ビャクはいつ出発するの?」
「今すぐ。私にできることは急ぐことだけのようね。ベックとイムダル王子によろしく言っておいて」
「わかった。気を付けてね」
答えるアイサをビャクグンは目に焼き付けるように見つめた。
「ビャク?」
「楽しい旅はもう終わりかしらね。シンには悪いけど……ずっと、こんな風にアイサと旅をしていたかった」
「ビャクったら」
「ふふっ、じゃ、またね」
ビャクグンが天幕を出た。




