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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅲ.夜半の月
215/533

5.サッハの主⑯

 翌朝、シンとナイアスはキアラが編成した寄せ集めの兵を引き連れ、日の出前から馬を飛ばしてブリカの森へ向かった。シンとナイアスの馬と兵たちの距離が開き始める。シンはスピードを緩め、寄せ集め部隊長に言った。

「先に行く。慌てず、全員揃ってブリカの森に来い」

「しかし……」

「いいのだ。私にはこの剣があるから」

 隊長を安心させ、はやる気持ちでブリカの森まで馬を飛ばしたシンとナイアスだったが、ちょうどそこでブルフ軍の活躍を目にすることになった。

 がド軍は、オスキュラ軍の猛攻を受け、当初劣勢だった。そこへ、オスキュラ軍の背後からブルフ軍が現れ、オスキュラ軍に攻めかかったのだ。

 ガド軍はこのおかげで息を吹き返した。

 オスキュラ軍を広く包み込むようなブルフ軍の展開に、前面をガド軍によってかき乱されているオスキュラ軍は体勢を立て直せない。

 ガド側に形勢が傾いていた。

「時間の問題だ」

 高台から戦況を見つめていたシンは、ほっとして言った。

「国境付近で姿をくらまし、いいタイミングで現れるところなど、ブルフはなかなかの策士だな。これではあの頑固なガドも受け入れざるを得ない」

「ええ」

 ナイアスも頷き、それから用心深く付け加えた。

「ですが、ガドが……何を言い出すことやら」

「ガドのことはナイアス殿にお任せする」

 シンは苦笑し、ガドのもとに向かった。


 オスキュラ軍の生き残りを捕らえるよう指示し、シンとナイアスを迎えたガドは、改めてブルフと顔をつきあわせることとなった。

「ガド、よくやってくれた」

「大勝だな、ガド」

 シンとナイアスが声をかける。

「はっ、ありがとうございます。しかし、これは……どういうことです?」

 二人からねぎらいの言葉をかけられながらも、ガドは油断のならない目をブルフに向けた。

「ブルフは僕の取る道に協力してくれることになった」

 シンの言葉に淀みはない。

 ガドは半ば怒り、半ば信じられないような表情でシンとナイアスを見た。

「そんな……」

「ガド、それ以上言うな。シン様の決められたことだ」

「ナイアス様」

 ガドはいったん言葉を飲み込んだ。が、どうにも押さえがたいその複雑な心境をナイアスにぶつけた。

「それで、ナイアス様、いったいいつからここにいらっしゃったんです?」

「お前の軍にブルフの軍が加勢して、形勢が逆転したあたりだ」

 ナイアスはゆったりと答え、ガドの複雑な表情はこれで一気に怒り一色になった。

「でしたら、さっさと戦いに加わって下さればよかったものを。そうすれば、こいつに助けられるなどという不覚を取らずに済んだのです」

 名うてのオスキュラの武人に包囲されたガドを救援したのはブルフだ。だが、ガドはかつて王統派の筆頭の将として幾度となくこのブルフとまみえたことがある。決着がつくまで戦ったことはなかったが、ガドにとってわだかまりの残る相手だった。 

「私たちが戦いに加わる余地などなかった。ガドもブルフも見事な戦いぶりだったから」

 シンが宥めた。

「私が最初からお味方として戦うと申し上げても、ガド殿が信じて我々を()てにして下さるとは思えませんでしたので。先にグランの地に派遣されていたオスキュラ軍がサッハに向かうのを阻止してから、こちらにとって返したわけです」

「よく動きを隠せたものだ。さすがだな、ブルフ。よくやってくれた」

 シンが言うと、ガドはさらに声を荒げてシンに迫った。

「そんなことより、サッハの方はどうなったのです?」

「一応、奪還したといえるんじゃないだろうか?」

「シン様、一応とは何です?」

 ガドの声が(かす)れる。

「うん、サッハの城は落ち、兄上は死んだ。王都が落ち着くまで、まだまだ大変だろうけど」

「随分あっけない……」

 ブルフが言葉を飲み込む。

「何と……」

 ガドも信じられないようにナイアスとシンを交互に見た。

 クルドゥリを味方につけ、シンの不思議な剣があるとはいえ、ガドはシンの軍の苦戦を予想していた。自分がナイアスの傍にいられないのであれば、この地で何としてもオスキュラを食い止めるのだと固く決心していたのだ。

 荒い言葉と裏腹に、ガドの目には涙が光った。

「ここでオスキュラ軍を迎え撃ってくれたガドのおかげだ」

 シンの言葉に、ナイアスも頷いた。

「お前が無事でよかった」

「それは……こちらの台詞ですぞ?」

 ようやく機嫌の直ったらしいガドに、シンは言った。

「ガド、負傷者はスマンスの城へ、残りはサッハの回復のためにあたらせてくれ」

「わかりました」

「ブルフ、お前は全員を連れてサッハの城に来てくれ。負傷者の手当はそこでする。王都の機能の回復や新しい組織作りにお前の力は欠かせない。クイヴルのために力を尽くして欲しい」

 ブルフはシンに頭を垂れた。

 どういういきさつでエモン派のこの将がシンについたか、ガドは知らない。だが、ブルフが文武ともに優れた人物だということはガドも聞いている。

(しかし、今回ブルフが我が軍に協力したといっても、いつまた寝返るかわかったものではない。中枢部にそんな奴を置くなど……)

 ガドはシンを見た。

(並外れて神経が太いのか、それとも、深い考えあってのことか……)

 シンの瞳にあの光は見えない。

 ただ、いくらガドが否定したくとも、ブルフの助けがなければこの戦いが危なかったということは事実だった。


 サッハの再建が始まった。

 それと同時に、各領主の選出も急務だった。領主の大半がエモンの側にあり、ナイアスについた領主もエモンとの戦いのうちにその命を失っていたからだ。

 クイヴル国では本来、領主には戦に功績があった者がなるものなのだが、今回はそうもいかなかった。

 というのも、スオウ、シャギル、ルリは新しい領主になるにふさわしい働きをしたものの、クルドゥリの人間であり、クイヴルの領主になるつもりはない。キアラの場合もグラン王の弟である。

 結局、十一領あるうちガドに一領、ナイアスに三領、ナッドに一領、そして、残り全ての領はスオウやキアラの勧めで、シンの直轄となった。

 ガドは自領とは別にナイアスを補佐する。

 ナイアスはガドの補佐を得て、王族でありながら三つの領主を兼ねる形だ。

 これには再び国を割ると危惧(きぐ)の声も上がったが、シンは取り合わなかった。王族という前にナイアスの実力を高く評価したというのがその理由だ。

 そして、人や物資、その情報網で大きな借りを作ることになったクルドゥリには、それを今後の協力関係で返していくことにした。

 それとは別に、スオウら三人のために今後できるだけのことをしようとシンは心に決めている。

 キアラもクイヴルに領を得なかったが、このまましばらくクイヴルにとどまってシンに仕えるということなので、これに報いることもシンは考えなくてはならなかった。

「グランからオスキュラ軍が消え、クイヴルとの友好関係が築かれたとあれば、私はグランにとって大変な功績を挙げたことになります。礼なら、グランからしてもらいましょう」

 こうキアラは言っていたが。

 ストーにも領主になってもらいたいとシンは思ったが、ストーに至っては、サッハでシンの補佐をするのだから自分の領など構っていられないと言ってきた。

 強大なオスキュラと、今後もぶつかるのは目に見えている。ナイアスでさえ、いっそのこと全ての領をシンの直轄にしたらどうかと言った。

 政治体制の刷新は必要だが、もう少し時間をかけたいと考えているシンは困った顔をした。

「皆、欲がない」

「主君に似たのでしょう」

 ナイアスは笑った。


 内乱とオスキュラによる搾取でクイヴルは疲弊していた。

 だが、クイヴルにとって幸いなことに、オスキュラも兄弟間の後継者争いと迷走するススルニュアへの介入で、今クイヴルに大軍を送る余裕はない。

 国を立て直すチャンスだった。

 シンは兵を故郷へ帰すことで地方に働き手を確保し、帰る先のない者は積極的に雇い入れ、各地の道路や橋、運河の工事にあたらせた。

 また、各地に孤児を集め、教育を受けさせる施設を造り、運営を始めた。

 造りかけだったパシ教の寺院は、シンの希望とパンデイユの助言もあり、サッハの図書施設となった。そこに附属する大学では、様々な分野の学問が研究されることになる。

 初代の館長に任命されたのはストーで、こればかりはストーも断らなかった。

 パンデイユはしばしばここを訪れ、土木の講義をし、学生と議論を交わした。


 シンは各地でくすぶるエモン派の残党を押さえるため、しばしばクルドゥリの仲間とサッハを離れ、クイヴル安定のために尽くし、その中で各領の復興が競われた。

 こうして、各々にとって時がめまぐるしく経っていった。


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