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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅲ.夜半の月
214/533

5.サッハの主⑮

 シンの一行が到着したのは、城にほど近い領主の館だった。

 かつてこの館の主だったゲンの領主モロは、エモンに対抗してナイアスとガドを支えた人物だ。

 だが、モロは故郷のゲンで殺され、この館もエモンによって没収されていた。そこをエモンの側近が使っていたのだが、それをジェリノたちサッハの住人が押さえたのだった。


「ナッドの様子は?」

 いったん医師のもとから戻ったリアンスにシンは聞いた。

「薬を調合し、全員に飲ませたところで、まだ何とも……じき知らせが入りましょう」

 シンは頷くと、そこに集まったそれぞれの顔を見回した。

「やっとここまでこぎ着けた。皆にはどれだけ礼を言ったらいいのかわからない。後はガドとブルフの方だが……」

「さっき知らせが入った。国境のオスキュラ軍がこちらに急行している」

 スオウが言った。

「残念だったわね。今頃慌てたって……私たちがここを落とすのが早かったわ」

 ルリが微笑む。

「いや、ぼろぼろになった俺たちを叩くという手もあるぞ? それができればの話だが」

 シャギルが言った。

「ここに向かっているオスキュラ軍はグランに常駐する部隊と合流するはずだ。待ち伏せるガドの軍と当たるのが明日といったところか。正面から当たれば、ガドに勝ち目はないが……」

 ナイアスが腕を組んだ。

「ブルフの動きがつかめていないというのは、本当か?」

 シンの言葉に、キアラが曖昧に答えた。

「国境付近で消息を消しています」

「あれだけの数の行方が分からないなんて」

 ルリが厳しく言った。

「申し訳ない。この時期、国境付近の天候は荒れる。森や沼も多い。あのあたりの地理には詳しいが、グランの者でも思ったようには動けないのだ」

「仕方ないさ。クルドゥリの仲間にしたって、こっちの方にかかりっきりなんだ」

 シャギルが肩をすくめる。

「ブルフを当てにするわけにはいかないな。やはり、今、行かないと」

 シンが言うと、シャギルが首を振った。

「落ち着けよ、シン。疲れ切っている兵を連れて行っても、やられるだけだぜ? お前だってそうだ。いくら冷静に見えたって頭に血が上ってる。お前にはわかっているだろう? あの剣で相手をなぎ倒すだけじゃ、お前が本当に勝ったって言えないぞ? あくまでも戦いに勝つのは人の力、そして、それを動かす将の読みだ」

「だが……」

「そう何でも背負い込もうとするな」

 スオウがなだめるように声をかける。

「ここはシャギルとスオウ殿の言う通りかと」

 キアラも言った。

「わかった。だが、一隊でいい。元気な者を連れ、明朝ガドのところへ行く。ガドを見殺しにはできない」

「私もご一緒します」

「ナイアス殿」

 シンはあちこち傷のあるナイアスを見た。

「私も今からでも行きたいくらいです。しかし、ここは皆の言うように兵を休ませ、明日出発しましょう」

「俺たちはいいのかい?」

 気軽に言うシャギルに、シンは答えた。

「まだまだこっちは手がかかる。サッハの住人に混じって兄上の軍の残党やオスキュラの差し金で動く者がいるはずだ」

「そうだ、サッハはまだ到底落ち着いたとは言えない」

 スオウがキアラを見る。キアラは頷いて立ち上がった。

「街の警備に当たる兵の手配をして来ます。ジェリノ、来てくれ」

「まあ、勝利の美酒ってやつは、もうしばらくお預けってことかね?」

 部屋を出る二人を目で追いながら、シャギルが大きなため息をついて見せた。


 館から医師の家までそう遠くないと知ると、シンはナッドのところへ出かけた。

 医師の屋敷は広く、その敷地内に患者を収容することができるようになっていたが、いきなり毒にやられた兵士たちが運び込まれたので、屋敷は騒然としていた。ジェリノの仲間が中心となって手伝っていたが、医師も看護の者もてんてこ舞いだ。

「シン様、どうぞ、こちらです」

 慌てて出て来た医師に案内され、ナッドのもとへ行ったシンは、まだ苦しそうなナッドを見て不安になった。

「あの解毒薬でよかったか?」

「間違いありません。一様に快方に向かっています。ただ、意識がはっきりとし、きちんとした食事がとれるようになるには、まだ数日かかるものと思われます」

「数日?」

 顔をしかめるシンに医師は笑みを浮かべた。

「ご安心下さい。これでも最善を尽くしております。これ以上の薬と看護が与えられるところはサッハのどこにもございません」

「そうか」

「しかし、あの調合法がなかったら、全員助かりませんでした。何故ご存じだったのですか?」

 医師は興味と驚きを隠せない様子でシンに尋ねた。

「なかなか一言では申し上げられないのだ。いつかお話しできるときが来たら、その時に。世話になって悪いのだが」

 困ったようなシンを見て、医師は背筋を伸ばした。

「とんでもございません。あの処方をお教えいただいた以上、必ず元通り元気にして見せます」

 一足先にナッドのところへ戻っていたリアンスが医師と話すシンに気づいて足早にやって来た。

「明朝ガド殿のもとへ出陣されると聞きました。どうかお気をつけて」

「ナッドを頼む」

 シンは答えた。


 医師の屋敷を出たシンはナハシュに言った。

『お前には助けられてばかりだ』

『この戦いのことなら、俺がいなくてもお前はやり()げたさ。エモンと戦ったときのように自分の力で。もう少し時間はかかっただろうが』

 蛇の思念が答える。

『……解毒剤が間に合ってよかったよ』

『お前は毒を受け、セジュに行き、俺を得た。あの時、ビャクグンが毒を奪ってクルドゥリで分析させていた。幸運だったな』

『本当だ』

 シンは頷いた。


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