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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅲ.夜半の月
211/533

5.サッハの主⑫

 血だまりと、おびただしい数の倒れた兵士を踏み越えて、リアンスは先へと急いだ。

 リアンスの向かう先、城の広間から激しい戦いの気配がする。

(ここは……キアラ様か)

 シンを追おうとするサッハの兵を、キアラの部隊が食い止めていた。

 押され気味に見えた城の守りに新たな部隊が加わり、それが容赦なくキアラの部隊に襲い掛かる。

「加勢するぞ」

 リアンスは部下に声をかけ、戦闘に加わった。

「リアンス、ナッドはどうした?」

 目の端でリアンスとその部下たちを捕えてキアラが叫んだ。

「ススルニュアの毒矢にやられて……ジェリノがルリ様とシャギル様を呼びに行っています」

「ナッドが?」

「人の身を心配できる立場か考えた方が良いぞ?」

 兵を従えた若い貴族らしい男が三人キアラの前に出た。キアラと同じような年齢のこの男たちは、エモンのようにエリートとして士官学校を経験したか、それとも先祖の受け継いだ領地で武芸を身に着けたのだろうか。むっとする血と汗の匂いに狂わされた三人は、それぞれが冷たい、残忍な目をぎらつかせていた。

「お前、クイヴルの者ではないな? グランか?」

「シン王子め、とうとうグランに泣きついたか?」

「オスキュラが次に狙うのはグランだ。お前の国も、じきに我々と同じようにオスキュラに組み込まれるのさ」

「その前に、どれほどグランがオスキュラ相手に戦えるか、せいぜいやってみることだな」

 口々にキアラを挑発するクイヴル貴族の言葉には余裕が見える。

 彼らには腕の立つ部下がいたし、そうでなくともキアラの消耗具合から、彼らはキアラを討ち取れると判断している。

 しかし、次々とかかってくる彼らお抱えの、選り抜きの部下たちの剣戟(けんげき)を躱すキアラの目には強い光が宿っていた。

 消耗はしていたが、キアラは呼吸を整え、不敵に笑った。

「オスキュラ、オスキュラと、お前ら、それしか言えないと見える。だが、強い相手にはしっぽを振って従うことしか考えられない奴らに、国を預かる資格はない」

「何だと?」

「ほう……では、教えてもらおうか? あの圧倒的な力の前で、我々にどんな手段が残されていたというのかね?」

 貴族たちの顔が醜くゆがむ。

「意地を見せろよ。少なくとも、しっぽを振って自分たちの保身を考えただけっていうのは、能がなさ過ぎるぞ?」

 キアラは清々とした気分で言った。

 キアラは貴族の世界はよく知っていた。言葉の駆け引きや、軍を動かす戦術、武術や芸能にも()けていた。だが、町や村の生活にも興味があった。

『私などより、お前の方が余程才に恵まれている』

 兄であるケルビン王はよく言ってくれたが、キアラはどうしても王というものを窮屈に感じていた。

 その理由がつまらない貴族に囲まれるからだとたった今思い至った気がして、キアラは思わず笑った。

(俺はこの場でシン様と、その仲間とともに、持てる力を全て発揮する。そしてどこまでも、行けるところまで行く)

 キアラのグラン人らしい長身が、ここではひときわ大きく見えた。

(これは……すごい)

 リアンスは百戦錬磨の海賊であり、傭兵だったが、次々と襲い掛かる貴族お抱えの兵を切り捨てていくキアラに目を見張った。

 本人が受け入れようと受け入れまいと、キアラはリアンスが知る中で誰よりも誇り高く、貴族らしかった。

 逃げ腰になる貴族の男を一人切り捨てて、キアラはリアンスを振り返った。

「ぐずぐずしている時間はないのだろう? ここは私たちで十分だ。お前は先へ行け、すぐに追いつくがな」

「はっ、承知しました」

 リアンスは部下を率い、先へ急いだ。


 サッハの城は全体として一つの建物と見えるが、一階の公の謁見の広間から豪華な部屋の集まる二階へ続き、そこから回廊で建物の各部分に接続されている。

 その回廊にはいくつもの塔へと繋がる通路があり、外から見るより遙かに複雑な造りとなっていた。

 もちろん、この建物に縁の深い人物でなくては知り得ない、隠し部屋や通路もあって、外からの侵入者を惑わせるはずだ。

 だが、その建物の中を待ち伏せる敵に苦労しながらも、的確に兵を率いている者があった。

 ナイアスだ。

 幼い頃からこの城に出入りし、専用の部屋まで持っていたナイアスは、いざというときのために、その構造をたたき込まれている。

 どこの通路はどこに繋がっており、どこに兵を隠せるだけの部屋があり、どこから自分たちの動きが覗かれているか、全てお見通しだった。

 そうでなければ、とうにエモン軍に押し戻されているところだ。

「ナイアス様」

「ああ、ナッドの所のリアンスか。ナッドはどうした?」

「シェドの毒矢を受けて……城の広場でジェリノ殿がついています。シン様は?」

「奥だ。この上の、天鈴(てんりん)()に向かわれた」

「大丈夫でしょうか?」

 思わず自分の口からこぼれ落ちた言葉に、リアンスは慌てて口をつぐんだ。

「そう祈ろう」

 ナイアスが答える。

 リアンスは上の階に続く回廊や通路で続けられる死闘が押されぎみなのを素早く見て取った。

「指示をして下さい。我々もここで戦います」

「助かる」

 次々と湧いて出る敵を見ながら、ナイアスは回廊の先を思った。

(エモンは私から多くのものを奪った。その時からずっと私は戦い続けてきた。自分のものを取り戻すために。だが、この戦いはそれだけではなかったのだ。この国の先までもが、かかっている。シン様はそのために戦っている。だからこそ、シン様は負けられない。この戦いはそういう戦いだ)

 ナイアスは目の前に立ちふさがる兵を倒し、城の上を目指した。


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