5.サッハの主⑨
王都サッハに入る広い街道に入ったシンの軍がぴたりと止まった。
整列し、静まり返った兵たちがシンの指示を待つ。
シンは、これまでサッハを訪れたことはない。
サッハにあるファニの館に、兄エモンはよく滞在しており、領主や貴族の家族たちや有力者と親交を結んだが、父ラダティスがシンを都に呼ぶことはなかった。
漠然と、自分も兄のように大きくなったらサッハに行くこともあるだろうとは思ったが、シンはそのことに特別の関心はなかった。ラダティスは、ファニの城に優秀な先生を呼んでくれたし、シンはそれ以上に、ストーの知識や武術に魅力を感じていたからだ。
そのストーは、実の父である王が自分に送ってくれた導き手だったのだとシンが知ったのは最近のことだ。
シンは街道の先にあるサッハの都を見た。
(サッハを壊す。新しく作り変えるために)
シンの後ろにはスオウ、シャギル、ルリ、キアラ、ナッド、ナイアスがいる。
「兄上は、僕らがここにいることは十分承知して待っている。こちらもぐずぐずする理由はない。これから城の正門である南門を目指す。そして、南門と城壁を破壊し、堀にパンデイユの橋を渡す。僕はスオウの部隊と城内に入り、兄を討つ。その間に、キアラとナッドとナイアス殿は城を押さえてくれ。シャギルとルリはジェリノの援護を頼む」
「任せてくれ」
「ええ」
シャギルとルリが答える。
「シン様、必ずサッハの主とおなり下さい」
ナッドが言い、ナイアスも続けた。
「いとこ殿のため、クイヴルのために力を尽くします」
「ありがとう、みんな。スオウ、キアラ、行こう」
「おう」
「はっ」
スオウとキアラが頷いた。
シンが馬を進める。
その左右にスオウとキアラが馬を並べ、後ろにそれぞれの部隊が続いた。
王都サッハに迫るシンに向かって、街道に隠された大砲が火を噴く。その砲丸をシンの剣から放たれた炎が包み込み、敵の上で爆発させた。
「やはり、こっちにも用意してたな」
シャギルは不敵に笑った。シンの剣の力を知り、やるべきことを叩き込まれたシンの軍の者に動揺はない。
放った大砲の煽りを受け、サッハの兵が這う這うの体で逃げ出す。それを追うようにしてサッハの町に流れ込むシンの軍の動きは、巨大な、意志のある生き物のようだった。
その軍が流れ込んだサッハの町は不気味に静まりかえっていた。だが、火薬や武器に手をかけた兵が、町の中のいたるところに潜んでいるはずだ。
先頭を行くシン、スオウ、キアラ、そしてそれに続く兵たちにに向かって矢が放たれる。
しかし、それは彼らに届くことはなかった。
ことごとくシンの剣ナハシュの起こす風でその方向を失ってしまうからだ。
エモンの兵の中に、これまで見たこともない力に対する恐れが広がった。
「怯むな、サッハを守るんだ」
「敵の数など、たいしたことはないぞ」
「攻撃の手を緩めるな、王宮に近づけてはならん」
エモン軍の武将たちが声を張り上げる。
この声に応じるかのように後方で火薬が爆発し、それを合図にサッハの兵がシンの軍を目がけて押し寄せる。
シャギルの部隊が離れた。
別方向でルリが率いる部隊が戦闘に入り、たちまちあたりは戦場と化した。
町のあちこちに待ち伏せてあったエモンの兵が、あるいは城に向かうシンの軍に襲いかかり、あるいはその行く手を火薬で封じようとする。
火薬をシンに向けようとするサッハの兵に、シャギルとルリの部隊が襲いかかる。
人々の叫び声や剣のぶつかり合う音の中を、シンはまっすぐサッハの城を目指す……が、その先にサッハの人たちが並んだ。年寄りや若者は手に手に武器を持ち、武器のない子供はその手に石を握っている。
シンの軍が近づくと彼らは石を投げ、矢を放った。
しかし、そのどれもが大した威力はなかった。震える彼らの背後には彼らをけしかけるサッハの兵がいる。集められた住民は完全な被害者であり、戦う人ではない。
シンは飛んでくる石や矢をナハシュの力で弾きながら、住民の間を進み、城の正面で馬を止めた。
後に続くスオウ、キアラの率いる部隊が止まる。
「我が祖国クイヴルの民よ。無駄に命を落とすな。ここから離れていろ」
よく通るシンの声の後に、シンに従う兵の中から次々とこの場を離れるように声が上がった。
「焼き払われたくなければ、そこをどけ」
「できるだけ遠くに離れてくれ」
サッハの人々の間にざわめきが広がった。
「お前たちがこの城を守らなくてどうするんだ?」
「エモン様をお守りしろ」
エモンの兵が人々を押しとどめる。
「さあ、早く行け」
シンが剣を南門に向けた。
門の前に並んだサッハの人々がじわじわと門から遠ざかる。それから我先にと走り出した。ばらばらと走り出す民衆をサッハの兵はとどめることができない。
シンの剣が火を噴いた。
ぴたりと閉ざされていた南門が、轟音とともに粉々になって吹き飛ぶ。続けて大きな衝撃とともに城壁が崩れた。
間近で見ていたジェリノの仲間はその衝撃の大きさに一時我を忘れた。気がつけば、年寄りも若者も子供も同様に言葉を失い、その手に短剣や弓や石を持ったまま、燃える火や、崩れたがれきの中で手際よく堀に架けられる橋が組み立てられていく様子をじっと見ている。
「いかん、すぐに動かねば」
我に返ったジェリノの仲間たちが次々と声を上げた。
「あれがシン様だ。やはり、あの人が我らの王だ」
「十二神のご加護を受けていらっしゃるということだ」
「俺たちのことを我が民と仰ったぞ?」
「シン様は火を操る力を持っていらっしゃるっていうのは本当だった」
「早く、この場を離れるんだ」
呆然としていた住民たちが動き出し、ジェリノの仲間に導かれ、誘導されながら逃げ出していく。だが、シンの剣ナハシュの力を見せつけられた兵たちは浮足立ち、もう彼らをとどめておく力はない。大声と瓦礫と埃の中、住民たちはその目に焼き付けるかのように何度もウルス王の御子の破壊した城の門を振り返った。




