4.クロシュの占い師②
夜が更けるのを待って、シンは約束の東屋に行った。
「シン」
シンのすぐ近くで、アイサの声がする。シンは辺りを見回してアイサを探した。が、姿が見えない。
「アイサ?」
シンは不思議に思って呼んでみた。その瞬間、暗闇にぱっとアイサの顔だけが現れて、シンは危うく悲鳴を上げそうになった。
慌ててアイサが全身を現わす。
「何をやってるんだ、君は?」
目を丸くするシンに、アイサは唇に指を当てて静かにするように合図した。
「シンもこのベールに入るのよ。これを被ると姿が見えなくなるの」
「そんな馬鹿な……」
動転するシンをベールに引っ張り込んでアイサは言った。
「このまま堂々と城の門を抜けるわ」
「ひょっとして、“いい手”ってこれかい?」
「そうよ」
ベールは透き通っていて外の様子がよく見える。
半信半疑のシンを連れて、アイサは所々で警備に当たっている城の兵のそばを難なく通り、城の門を抜けた。
城の外は真っ暗だった。城は森に囲まれているのだ。その森を通って街へ続く道も、今は暗闇の中に沈んでいる。しかし、アイサは森に入るとベールを小さく畳んでポシェットにしまい、慣れた様子で歩き始めた。
「ちょっと待って、そのベールはどういうものなんだ? ねえ、アイサ」
シンは聞いたが、アイサは肩をすくめ、そのまま歩き続けた。
恐ろしく速い。
シンも慌てて後を追った。
身体の神経を呼び覚まし、歩くことに集中する。
鳥の気配、小動物の気配が感じられる。
シンは自分自身が闇に溶けたような気がした。
「シンの気配が変わったわ。歩き方が獣のよう」
「僕はストー先生に習ったんだが、君の方こそ……どうしてこんな暗闇を平気で歩けるんだ?」
「私は生まれたときから神殿にいるのよ? 暗闇にも、ものの気配を感じることにも、土地の気を乱さず動くことにも慣れているの」
アイサは全く頓着せずに答えた。
「そう言えば、時々感じる君の気配……ひょっとして君、武術の腕も凄いとか?」
シンは聞いてみた。
「それはどうかなあ? 姉が剣の使い方を教えてくれたけど」
「姉上?」
「そう、姉は父の領ゼフィロウの治安部にいるわ」
「君の国って、海の国のことだよね?」
「そうよ」
「本当に……あの……海の国から来たんだよね?」
「そうよ。セジュっていうの」
「だけど、君たちの祖先は地上での戦いを嫌って海に国を造ったくらいだから、至極平和なんだろう?」
好奇心と憧れのこもった声でシンは聞いた。
「確かに、レンを中心にしてまとまっているし、核同士が争うということもないわ」
「核って?」
「ああ、ここでいう、領みたいなものね」
「なるほど」
「それでも利権を巡る争いも、王を取り込もうとする人たちもいるから、それを押さえるだけの力もまた必要なのよ。姉はちょっと人と変わっているところもあるけど、私にはいつも優しくて……かけがいのない人なの」
アイサの声が暗くなった。
「僕の姉上なんか、うるさいだけだけどなあ」
シンは慌てて明るい声で言った。するとアイサは何か思い出すことがあったらしく、楽しそうに笑い、シンはほっとしてクロシュの町の灯りに目を向けた。




