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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅲ.夜半の月
189/533

4.ナハシュ⑥(挿絵あり)

「なかなか刺激的な一日だったな。ガド、お前も休んだらどうだ?」

 軍議の後の晩餐も終わり、城の中では最高の客間に案内されたナイアスは自分の部屋に戻ろうとしないガドに言った。

「城の方はお前の息子に預けてきたのだ。今はもうこれ以上考えることはあるまい? それとも私の身が心配か?」

「いえ……はい、それも少しは……」

「小隊しか連れていない私たちだ。彼らが我々をどうにかしようと思えば、すぐにでもできる。それを承知で私たちはここへ来たのではなかったか?」

 ナイアスはソファーに座り、ほっと息を吐いた。

「失礼いたします」

 ノックとともに軽いつまみと飲み物を持って小姓が入ってきた。

(あるじ)より、どうぞごゆっくりお休み下さい、とのことでございます」

 テーブルの準備をすませると、小姓が出て行く。

「ほう、ススルニュア産のシャオルーか。珍しいな。しかも、この季節に。こちらの菓子も手の込んだものだ。たいしたものだな。晩餐の時も思ったのだが」

 ナイアスは皿の上に美しく盛りつけられた幾種類もの果物の中から、ひとつ選んで口に入れた。

 シャオルーの持つ独特な香り、とろりとした食感、そして複雑で濃厚な味が広がる。

「この非常時にシャオルーとは。客として接待されるのは結構だが、もっと気を配るべきところがあるでしょうに」

「さて、いったいどこに?」

 ナイアスはどこかぼんやりとした様子だった。

「どれも、これもです。シン王子の周りにいる者たちは、確かに腕は立つだろうが、口の利き方を知らん。中でも許し難かったのは、ナイアス様と町人を同席させたことです」

 謁見の間でのことを思い出したガドは拳を握り、顔を赤くした。

「そう、いきり立つな。確かにシン様の周りには変わった者が多いようだ。だが、ただ変わっているだけではない。彼らは皆、傑出したものを持っている。そして、(げん)にその者たちに助けられたのは我々の方だ」

 ガドは押し黙った。

「それに……ここには手の入っていないところはない。何もかもに気が配られている。お前も食べたらどうだ?」

 ナイアスは二つ目を口に入れた。

「この非常時に、これだけのものがすぐに出せるというのも意外だった。やはり来てみて良かった。シン様はこの城から身一つで逃げたと聞いていたが……シン様の周りに集まる人物にしても、この資力にしても、たいしたものだ。どうやったらあの短い間に、ここまで力をつけることができる?」

「ナイアス様こそが並外れたお方です。決して、シン王子にひけを取るものではありませんぞ?」

 ガドはナイアスの心中を察し、力を込めてそう言うと、不機嫌に部屋を出た。


 ガドとて、別にシンに恨みがあるわけではない。だが、ナイアスが幼少の頃からその()り役として、影になり日向になってナイアスに付き従ってきたのだ。

(俺はナイアス様の資質をよく知っている)

 ガドにはその自負があった。


 ガドは自分にあてがわれた部屋へ向かうついでに、中庭の方へ足を向けた。

 夜も更け、先刻から降り始めた雪が、もうすっかり地面を覆っている。

 その中庭を臨む回廊で雪の落ちてくる空を無心に見上げているシンの姿が目に入って、ガドは思わずその足を止めた。

 どうも勝手が違っていた。

 シンには武人としての荒々しいところも、勇ましいところも見られない。それどころか、そうやって落ちてくる雪を見上げるシンは、とても頼りなく見える。

 そこへスオウ、キアラ、ストーが揃ってやって来た。シンが問うと、それぞれが手短に答えている。

 シンはスオウに何か指示を出したようだ。

 それから三人はその場を去っていった。

「良く動くな」

 ガドは呟いた。


 シンは、またしばらく雪を見つめていたが、ふと、ガドの方を振り向いた。

 背は伸びてきているとはいえ、ほっそりとした体に長い黒髪。周りの者に次々と指示を出していく時は冴え冴えとしているが、無心でいるときや、微笑んだときなどは、思いがけず幼く見える。

「ガド殿、まだ部屋に戻らなかったのですか? お疲れでしょうに」

 その声も穏やかで、雪の庭にそっと吸い込まれた。

「あ、いや、只今ナイアス様のもとを退出し、これから部屋へ戻るところです」

(どうも調子が狂うな。いとこ同士、お顔立ちは、どことなくナイアス様と似てはいるのだが……)

「ところで先程の方々こそ、まだお仕事ですか?」

 また庭に目を向けたシンに、ガドは聞いた。

「国境付近にいるオスキュラ軍の動きが知りたくてね」

「それで何か情報が入ったのですか?」

 ガドは、抜かりなく聞いた。

「私の知っているのは、数日前の動きまでです。新しい情報は何も。でも、近いうちに正確なところがつかめるでしょう」

 シンは微笑むと、また降る雪を見上げた。

(数日前だと? 近いうちにだと? 国境にいるオスキュラ軍までは、ここから早馬を飛ばし、乗り継いで行っても、かなりの日数がかかる。鷹を使った文でも、それなりに日数はかかるだろう。各地でエモンの妨害があることも考えられる。それを……)

「報告の内容によっては、なるべく早く動かなくてはならない。ナイアス殿にも、二、三日のうちにスマンスへ立って、戦の準備をしていただくことになるかも知れません」

(小僧、生意気な)

 思わず不機嫌になったガドの顔を、シンは見つめた。

 それからきびすを返し、ゆっくりと廊下を歩いていく。

 一方、ガドは、しばらくその場を動けなかった。


 少し前に、天からの雪を見上げていたシンは頼りなく見えた。

 それから、側近に指示を出すシンは冷静で大人びていた。

 そして今、ガドは自分を見るシンの目に捕らわれたような気がした。

(心の中まで見つめられた。値踏みするような赤い……目で)


 挿絵(By みてみん)


 <雪の庭>

 sanpo様より頂きました。

 sanpo様、どうもありがとうございました!!

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