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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅲ.夜半の月
182/533

3.ファニの攻防⑰

 シンの率いる軍がファニの城に戻った。

 確かに彼らの士気は高かった。これは城に残った誰もが一様に感じていたことだ。しかし、この圧倒的な勝利は、誰にとっても予想外だった。

 熱狂的な出迎えの中、シンは黙り込んで馬を進めた。

「おい、もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」

 シャギルがシンに馬を寄せて囁いた。

「同感だな」

 スオウも言った。

 シンは少しためらい、そして口元をゆるめた。少し、ほほえんでいるように見えなくもない。

「まあ、無理にとは言わないが」

 スオウは付け加えた。


 ラダティスの応接間は今では皆が集まる場となっていた。シンが応接に入ると、既にスオウ、シャギル、ルリ、キアラ、ナッド、ストー、そしてセグルが待っていた。

「ライゴルは死んだ。逃亡した兵は自警団を作っている町の人にとって脅威ではないだろう。まずまずだったな」

 スオウが言った。

「皆のお蔭だ。ありがとう。これから各部隊の死傷者の数を調べてくれ。それと、ルリ、留守の間はどうだった?」

 シンは表情の硬いルリに聞いた。

「住民が避難した後の町で、うろついていた不審な者をセグルの仲間が見ているわ」

 ルリは答えた。

「内側から崩すのは兄上の常套策だから。気をつけていてくれ」

「それにしても……シン、お前の剣には驚かされる。いったい他にどんな力があるんだ?」

 皆が聞きたかったことを、シャギルがさらりと口にした。

「僕にもわからない。向こうで詳しく聞いている暇はなかったし、彼らもあえて教えようとはしなかった。これは僕の思考と一体化し、力を発揮するようだ」

 一同はシンを見つめた。だが、シンはそれ以上は何も言わず、代わりに思いがけないことを口にした。

「ところで、これからのことだが……ナイアス殿と戦っている兄上の軍の兵糧を片付けたいんだ」

 スオウがすぐにこれに反応した。

「賛成だ。このままエモンと戦い続ければ、ナイアス軍の損害は大きい。エモン軍を引かせよう。お前がエモンと戦うのにナイアス殿の戦力は必要だからな」

 シンは頷いた。

「というわけで、これから僕はスマンスに行く」

「シン、戦いが終わったばかりだ、お前大丈夫か?」

 思わずセグルが言った。

「ああ、大丈夫だ。僕にはあの剣がある。何とかなるだろう」

「何でもかんでも自分でやりたがるな。俺が行ってきてやるよ」

 応接の椅子にどっかりと腰を下ろしていたシャギルがシンを見上げた。

「待って。セグルやチュリの集めてくれた志願兵の中に使えそうな者がいるのよ。後方の守りをするために志願したんじゃないって言いているの。ちょっと実戦の訓練を兼ねて私が行ってくるわ」

 ルリが言った。

「ルリ、確かに筋は通っているよ、だがな」

 シャギルはおもしろくなさそうにルリを見た。

「そんな奴らじゃ、いざという時、お前の足手まといになる」

「何とかするわ」

「そうだな、シャギル、ルリと行ってくれるか?」

 そう言いながらも、まだ、ためらっているようなシンを見て、シャギルは椅子から勢いよく立ち上がった。

「わかったよ、早速人選だ。行こう、ルリ」


 部屋に戻って着替えを済ませ、各部隊の大方の状況を聞き終えたシンは、一人で馬に乗ると城の裏門に向かった。

 スオウは城の庭で兵たちに囲まれて話をしていたが、これに気づいて後を追った。

「シン、どこへ行く気だ?」

「ラル川の様子を見に行く」

「俺も行こう」

 スオウは後を副隊長ともいうべき者に任せ、シンと馬を並べた。

 スオウに限らず、シャギルもルリも、ぬかりなく後を任せられる人物を選んである。

 任された人物は嬉々として働いていた。

 このあたりのクルドゥリの者の手際の良さは格別だった。人を動かし、自分を最大限自由な状態にしておく。一番必要なとき、一番必要なことのために動けるようにだ。

「で、ラル川とは?」

 馬に揺られながらスオウが聞いた。

「大したことないんだ、ちょっとした気晴らしだよ」

 シンは曖昧に答え、門のところで待っていた人物に目をやった。それから思い切って続けた。

「ただ、思ったんだ。物資を運ぶ手間を一番少なくするにはどうすればいいかって」

「これからここに集まる物資も兵の数も増えるだろうからな」

 スオウは当然のように言った。

 シンはそれに勢いを得たようだった。

「川縁に倉庫が並び、商人が活躍する地区が必要になるんじゃないかな?」

 スオウは内心驚いた。

「お前は、戦いのことで頭が一杯だと思っていたよ。少なくとも俺自身はそうだった」

「同じだよ。だけど、国を取り戻しても、不安定ならつけ込まれる。負けたら、またもとに逆戻りだ。戦うなら負けられないし、そうでなければ戦わなくてもいい方法を探し続けなくてはならない。これは海の国を見て思ったことなんだけど」

 シンはほっと小さな息を吐いた。

 その瞳にスオウの知る感じやすい色が戻る。その顔には戦いから戻ったときとは違う、シンらしい笑みが浮かんだ。

「ファニには、まず、人や物を呼び込めるきちんとしたルートが、つまり風通しの良さが必要なんだ」

「シン様」

 門のところでシンを待っていた男が声を上げた。小柄で、飾り気のない、風変わりな男だ。シンはその男をスオウに紹介した。

「彼はパンデイユだ。ストー先生に紹介してもらった。土木工事の専門家だよ。パンデイユ、こちらはスオウだ」

 パンデイユは、彼としては丁寧にスオウに頭を下げた。

「パンデイユ、早速だが、運河の件、どうだろう?」

 人とはうち解けにくいシンが、この男にすっかり気を許していた。パンデイユも遠慮なしに答える。

「もう少し川を見せて下さい」

「難しいのか?」

「そうは言っていません。どうせ造るなら、それなりのものをと思っているだけです」

「では、行こう」

 パンデイユはぶっきらぼうだったが、答えるシンの声は明るかった。


 川辺に着くと、シンとパンデイユはあちこち見て回り、夢中で話し込んだ。そんな様子をスオウはほっとした思いで眺めていた。そしてルリが見せた不安げな表情を思い出す。

(ルリ、お前の心配はわかる。だが、俺たちはシンに賭けたんだ)

 パンデイユとの話を終えたシンがスオウのもとへ戻ってきた。

「何とかなりそうか?」

 スオウが聞いた。

「ああ、パンデイユなら何とかするだろう」

 満足そうに答えるシンに、スオウは現実を告げた。

「エモンに勝たなければ、始まらないことだぞ?」

「わかっている」

 シンは馬に乗り、スオウに並んだ。それから何気なく聞いてきた。

「ところで、スオウ、ビャクはフタアイ様に一年の時間を貰った。普通に考えれば、ビャクが正式に長老に就任するのは春……そして、その前にいくつかの大切な儀式があるはずだけど?」

「そうだ、長老になるための面倒な引き継ぎは新年から始まるはずだ」

「もう年が明ける」

 シンは何か言いたそうだった。

 それを察してスオウは言った。

「国からは詳しい話は何も届いていないが、ビャクもあと二月が限度だろう。それまでにクルドゥリに戻らなければ、フタアイ様との約束が果たせない。ビャクはああ見えて約束を守る奴だ」

「あと二月か。そうしたら、アイサもクルドゥリに戻るだろうか」

「そうなるだろうな」

 スオウはゆっくりと答え、駆けてくる二騎の馬に目をやった。乗っているのはシャギルとルリだ。

「二人ともこんなところにいたのか? 俺たちは今からスマンスに出かける。良い報告を待っていてくれ」

 シャギルが言った。

「すまない」

 シンは言った。

「そんな、気にすることないわ」

 ルリはシンを安心させるように笑みを浮かべると、二人は軽やかに馬を走らせて、待たせておいた志願兵のところへ戻って行った。

「あの二人にしごかれるとなると、嫌でも使えるようになるだろう」

 スオウは言い、クルドゥリの中でも傑出した二人を見送った。


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