3.ファニの攻防⑯
生き物のように、まっすぐ自分を目がけて来た火をかろうじて躱したライゴルは、そのまま馬から振り落とされた。
見渡せば、動揺している部下たちが目に入る。
何もかもが想定外だ。
しかし、ライゴルは歴戦の武人らしく、すぐさま冷静に戦況を見て取った。
「今ここで、この混乱の中、戦っても得はない。いったん引き上げて仕切り直しだ」
早速各隊に伝令が飛ぶ。
(相手の数が少ないからといって甘く見た。敵は、あのマクヒルが守る城をあっという間に落としたのだ)
「引け、ぐずぐずするな」
周りの兵を叱咤し、引こうとするそのライゴルの周りを固める兵が浮足立った。そこには立ち塞がる騎馬兵を次々と切り倒して近づくシンがいた。
ここへ来るまでに、どれほどの兵を切り捨てたのだろう、ファニの紋章が赤く染まっている。
「お前がシン王子、か?」
常勝の将軍ライゴルは、馬上から静かに自分を見下ろすシンに言った。
(戦いの経験なら、遙かに自分の方が勝っているはずだ)
それでも、圧倒される。
(ここまで追い詰められたことは、かつてない……しかも、こんな子わっぱに)
ライゴルはシンを見上げた。
(先王と同じ瞳の色をしている。手を下したのは俺だ。先王の最期はあっけないものだった。たかが、これほどの者に自分は仕えていたのかと思った。感慨など湧かなかった……その王が隠し通したシン王子、こいつには何も残されていなかったはずだ。だが、どうだ? 今、こいつは堂々と兵を率い、俺の目の前に立っている。そして、こいつの目の中にあるもの……これはウルス王とは、全く異質だ)
見上げたシンの中に冷たく凍るものを感じ、ライゴルは身震いした。
「どうやって、今まで生きのびてきた?」
そう言いながら、ライゴルは素早く周りを見回した。ライゴルの部下たちは既にシンの後を追ってきたキアラ率いるグランの部隊と剣を交えていた。
シンの放った火が多くの兵を退けたとはいえ、数の上ではライゴルの方がまだ勝っている。
しかし、シンに周りを気にする様子は見えない。
シンが馬から下りた。
「どうやって生き延びたか……か。お前には関係ないだろうに」
ゆっくりと、だが、無造作にも見えるやり方でライゴルとの間合いを詰めると、シンはライゴルに向かって剣を振り下ろした。
ライゴルはこれを受け止めた。
実戦の感触がライゴルに力を与える。
二人は二合三合と打ち合った。
「俺はエモン様を信じている。いつか、この国を真に我がものにして君臨するエモン様のもとで、一番に仕えるのがこの俺だ」
ライゴルがそう言い放った時、シンの剣がライゴルの心臓を突いた。
「この国を我がものにして、だって? 笑わせる」
シンは心底つまらなそうに呟いた。
「ライゴル将軍」
兵の中から悲鳴のような声が上がった。しかし、シンに向かってくる者はいなかった。
「キアラ、皆を下がらせろ」
シンは声を張り上げると、ライゴルの兵に向かって言った。
「お前たちも死にたくなかったら下がっているんだな」
キアラがグランの部隊を引かせたところで、間髪を入れずシンの剣が火を噴く。
焼けこげるのを免れたライゴルの兵たちは無我夢中で逃げ出した。
見回せば、要を失ったライゴルの大軍はちりぢりになっている。
あちこちで火が燃えていた。あたりは焼け焦げた臭いと、むっとする血の匂いに満ちていた。




