4.クロシュの占い師①
シンの稽古が終わると、ストーの家を訪ねるのがシンとアイサの習慣になっていた。この家に通ううちに、二人は散らばったままだった家の中を片づけ、少しばかり掃除もし、いつストーが戻ってもいいようにしていた。
だが、いつになっても家の主は戻って来ない。
その日もシンはストーの家に鍵をかけ、それを物置小屋の隙間に隠すと、二人は城に向かう道を下り始めた。
「今日も会えなかったわね」
アイサはちょっと塔のような形をしたストーの家を振り返りながら言った。
「先生が家を留守にするのは珍しくはないが、何だか嫌な予感がするよ。ストー先生は遠くまで旅をすることがある。クイヴルの国境を越えることなんて、何とも思っていない人だから……」
「オスキュラ兵との争いごとに巻き込まれたかもしれない、ってこと?」
アイサはシンに目を向けた。
「うん、オスキュラがクイヴルを狙っているって話がある。だけど……それにしては、このごろクイヴル国境にいるオスキュラ軍の動きが静かだそうだ。父上はほっとしているけど……あれほど騒がれていたのに却って変だな」
「オスキュラ……大陸中央の新興国。王都はルテールで、パシ教を信じている人が多い。ディアンケ王は病を得て、そろそろ譲位を考えている。王には息子が三人、娘が一人。誰が跡を継ぐことになるのかしら?」
「アイサ、さっきも思ったけど……随分物知りになったね? それにその言葉……上達が早い」
「セレンのおかげよ。毎日たくさんおしゃべりをするもの」
それだけであるはずがなかった。
アイサの部屋には、よく明け方まで灯りがついていることをシンは知っていた。ラダティスの書斎やストーのところで見つけた本を次々と読み、セレンや周りの者にも聞いている。
感心するシンを見てアイサは続けた。
「オスキュラを大国にしたディアンケ王は、譲位をする前にさらにその領土を広げようとしている。まずは南のススルニュア、そして次に狙われているのは東の、このクイヴル。そしてクイヴルの王都サッハでは、オスキュラを前に何もできないウルス王に対して失望感が広がっている」
「アイサ、なぜ君がサッハの様子なんか知っているんだ?」
シンはアイサを見つめた。
「街中をぶらぶらしていれば、いろいろなことがわかるわ。特に旅芸人とか、商人は多くの情報を持っている」
アイサは当然のように答えた。
「まさか……父上が城にいる間は、特にブランがうるさいから僕はクロシュの町に行くのを控えていたけれど……アイサ……まさか、君、夜中に一人で城を抜け出していたのか?」
「まあね」
「そんな……何かする前には相談するって言ったくせに」
シンは思わずアイサを責めた。
「いつまでもシンの世話にはなれないわ」
アイサはシンが不機嫌になったのも気に留めずに答えた。
(すっかり君はここの、僕の生活の一部になっていると思っていたのに)
戸惑うシンにアイサは言った。
「彼らの話は他愛もないものかも知れないけど、中には見逃せないこともある。クロシュの町に行くうちに、気がかりができたの」
「どういう事?」
「シンも自分の目で見て」
アイサはいつになく真剣だった。
「わかった。今夜、クロシュへ行こう。待ち合わせの場所は中庭の東屋。あそこなら君の部屋から近い」
「じゃ、ブランが見回りを終えたら東屋に行くわ」
「うん。ただ、あの東屋から誰にも見られないように外へ出て行くのが大変だけど……」
「ああ、それにはいい手があるのよ」
「いい手って?」
「説明するより、見た方が早いわ」
アイサは自信たっぷりの笑みを浮かべた。




