3.ファニの攻防③
食堂にはキアラとフリント、そしてルリが揃っていた。
キアラとフリントはシンに敬意を払って席を立とうとしたが、シンが留めた。用意された軽食が運ばれ、飲み物が出される。
「シン、それは?」
ルリがシンの持っていた手紙に目を止め、シンは手紙をルリに渡した。
「ストー先生からだ。オスキュラ兵の配置や、エモン軍、王統派の現状が書かれている」
「クルドゥリからも情報は入っているけれど、助かるわ」
ルリが手紙に目を通している間に、キアラがシャギルに声をかけた。
「ずいぶんゆっくり眠っていたようだが、余程疲れていたのか?」
「俺はデリケートなんだ。実は、こんな体力勝負の仕事は向いていない」
シャギルはしゃあしゃあと返事をし、それからキアラに目を向けた。
「それで、俺たちがスマンスを往復している間に、どんな進展があった?」
「そうせくなよ」
キアラはシャギルの視線をまともに受け止めた。
皆の視線がキアラに集まる。
ルリが手紙を置いた。
「セグル、チュリ、カヌはこのクロシュと周辺の町の多くの住民を仲間に引き入れ、それと同時に街の弱い者が戦いに巻き込まれないよう、手はずを整えています。ジェリノもサッハで順調にシン殿の支持者を増やし、スオウ殿、ストー殿からは、いつでも兵を率いファニの城攻めに動くことができるとの知らせを受けました。そして、私も五百ほどグラン兵を呼ぶことができます。より抜きの精鋭で、ファニの城を取るお役に立てると思います」
キアラはシンの言葉を待ち、シンはゆっくり答えた。
「ありがとう、キアラ殿。だけど……僕の考えを聞いてくれないだろうか」
シンは一呼吸置いた。
「僕は、今夜ファニの城を落としたい」
「何ですって?」
「今夜、ですと?」
キアラとフリントは耳を疑った。
「そうです。兄上は僕が密かにファニに戻り、城を狙っているという情報を既に受け取っている可能性がある。そうすれば、僕を捕らえるために必ずこちらに兵を割いてくる。だから悠長なことは言っていられないんだ」
「やはり、ナイアス殿のところにいたミロワが気に入らないんだな?」
シャギルが言うと、シンは頷いた。
「どの軍にも外と繋がっている者がいておかしくない。それでも、ナイアス殿のところには、そういう者に対して隙がありすぎると思う」
「ですが、今夜とは急すぎる。こちらにも準備というものがあります。何より、スオウ殿には戻っていただかないと」
「そうです、それなりの準備ができてからでなければ、返り討ちにされますぞ?」
訴えるキアラとフリントに、シンは答えた。
「城を取るのに軍はいらない。スオウや、ストー先生にはその後の戦いに備えて待機してもらう。グラン兵にもです」
「そんな。それでは、どうやってファニの城を落とすのです?」
思わずフリントが立ち上がり、シンに迫った。それを見つめるキアラもシンの考えを量りかねている。
「シャギルとルリが一緒に行ってくれればいいんだが」
シンは続けた。
ルリは頷き、シャギルはちらりとキアラを見て笑った。
「そう来なくちゃな」
「何を考えていらっしゃるのかわからないが、では、私も行きましょう。こんなところでみすみすお命を落とさせるわけにはいきますまい」
キアラはシャギルを睨んで言った。
「キアラ様」
フリントが声を上げる。
「はやる盟友を救うのも私の役目だ」
「しかし」
フリントは必死だ。シンは安心させるようにフリントに言った。
「キアラ殿は来ていただかなくても結構です」
「どうしてです?」
憮然とするキアラにシンは説明を始めた。
「ファニの城は兄上の要の城ですが、今、城に残された戦力は多くないので」
「確かにそうです。留守を預かっている部隊は二つ。しかし、それでもここにいる我々だけで立ち向かえる相手ではない。それに残された部隊を率いるマクヒルという男は、かなりの使い手だそうですが」
キアラは冷たく言った。
「やはり、味方を待った方がよいのではありませんか?」
なだめるようにフリントも続ける。
「剣を交えるだけが戦いではない、そうだったね、シャギル、ルリ?」
シンはルリとシャギルを見た。
二人が微笑む。
「だいたいのことは僕らですませておく」
「シン殿、私も行きます」
「いや、だから、キアラ殿には騒ぎが収まってから来てもらえれば……」
「どういうことです?」
キアラは声を荒げた。
「わからない奴だな。俺たちだけで十分だってことだよ」
シャギルが言った。
「本気ですか?」
キアラはシンを見た。
「本気です」
シンが頷く。
「まさか、最初からこんな無茶をすることになるなんて思いませんでした」
「無茶をする気はないよ、キアラ殿。シャギルとルリにはそれぞれ気心の知れた仲間がいる。僕たちだけで、というのは決して無理じゃないんだ」
「というか、事情のわからない奴がいると足手まといなんだな」
シャギルが面白がってキアラを挑発する。
「何だと? 私が足手まといだと?」
キアラは本気で腹を立てていた。
「そうじゃなくて、キアラ、聞いてちょうだい。私たちがエモンに対して、人数の上で圧倒的に不利だということはよくわかっているわね? 今ここで仲間を減らすわけにはいかないのよ。今回私たちは薬を使うわ。私たちには馴染みの深いものなの。シンは私たちの戦い方も知っているし、いざとなったらシンはシールドを張ることができる。まずは、私たちに行かせてちょうだい」
「ううむ、おもしろくないな」
キアラは腕組みした。
「キアラ殿、城を取れば、すぐにでも兄上の軍がやって来るでしょう。それと戦うには、どうしても兵が必要です。その時には、スオウにも、ストー先生にも、キアラ殿にも、出陣してもらわなくてはならない。今のうちにスオウにはエモン軍の動きを探って欲しいし。それに……僕は、この剣を使ってみるつもりです」
シンは言った。
キアラと目が合ったシャギルが軽くウインクする。
「その剣には何かまだ使い道があるらしいな。さあて、そろそろ出かけるか。ルリ、そっちは誰が来るんだ?」
「オウニよ。そっちは?」
「ウスキだよ」
クルドゥリの二人は互いに頷いた。
「すべて終わったら知らせをやります。その知らせが届き次第、キアラ殿は兵を連れてファニの城へ来て下さい」
シンはきっぱりと言って食堂を出た。




