3.ファニの攻防①(挿絵あり)
ナイアスの兵に見送られ、ガドの山城を出た三人はスマンス領からファニ領へ馬を駆った。
その途中、短い休憩のため馬を降りたシンは、剣を握ると間もなく小さな笑みを浮かべた。
「どうした、シン? いい知らせか?」
焚火の傍に座り、携帯食をかじっていたシャギルがすかさず聞いた。
「うん、アイサとビャクがネルを出た。ネルのスナミ王子が国を継いだんだ。ネルは今後クルドゥリ、グランの友好国となるだろう」
「おおっ、オスキュラの後ろ盾のある王弟クラトスを破ったのか。まあ、あの二人のことだ。形勢逆転も不可能じゃあなかったが……さすがだな」
シャギルは頷いた。
「それじゃ、二人はクルドゥリへ戻ったのね?」
携帯食を食べ終えたルリの問いに、剣を握り続けていたシンの顔が曇った。
「いや、その足で、というか、そこで引き入れたススルニュアの傭兵部隊と一緒に、ススルニュアへ向かったらしい」
「何だって? やるな、ビャク。次はススルニュアに手を回す気か? こっちもうかうかしていられないぞ。さっさとファニの城を奪い返さなくちゃな。あのグラン野郎に後を任せたが、ぬかりなく仕事をしているだろうな?」
シャギルの表情が生き生きと輝く。
「こっちのことはともかく、心配だわ。何といっても、ビャクはクルドゥリの長老になるのよ? この大事な時に万一のことがあったら……」
「それを言うならシンだって、アイサのことが気が気じゃないだろう。だからって、どうにもできないんだ。俺たちはこっちで頑張らないとな」
シャギルはあっさりしたものだ。
「そうだったわね。そういえばシャギル、兵と兵糧の手配の方はいいの?」
ルリは気持ちを切り替えた。
「出発前に打診してある。帰ったら何らかの知らせが来ているだろう」
自信たっぷりのシャギルにルリが頷く。
「ナイアス殿は筋の通った人物に思えたわね?」
ルリの言い方には油断がなかった。
「ああ」
シャギルも肩をすくめてこれに応じた。
「あのガドっていう武将にあれだけうるさく叫ばれても現状を見る目が曇っていないというのはなかなかだと思ったが……シン、どう思う?」
「ミロワは静かだった」
シンはたき火を見つめながら答えた。
「ミロワか。ガドと正反対のような人物だったわね」
「ルリ、それだけだろうか?」
シンは顔を上げた。
「死に場所を探しているんじゃないか?」
シャギルがこともなげに言った。
「サッハでは王の親衛隊長でありながら、ウルス王を守れなかったものね」
ルリは頷いたが、シンは首を振った。
「兄上が王都サッハを奪った時、王族たちは密かに城に入り込んでいた兄上の手の者によって根こそぎにされた。今度も兄上はあらかじめスマンスに工作部隊を入れ、スマンスを攻めている。何故あっさりスマンスの城は落ちた? サッハで手痛い目に遭っているミロワなら、もっとスマンスの町の守りにも用心できたはずだ。それなのにあの感じ。あれはまるで他人事のようだ」
「まさか、お前はあいつがナイアスのところに入り込んだ蛇だというのか?」
ルリとシャギルは、はっとして顔を見合わせた。
「蛇か。ナハシュ、お前はどう思う?」
シンの剣の赤い石が光った。
「シン……」
ルリはシンを見つめた。
「僕はミロワに注意すべきだと思うんだ」
「よし、わかった。だが、まず、ファニの城を奪ってからだな」
シンと、シンを見つめるルリに目をやって、シャギルが立ちあがった。三人は焚火の片づけをし、再び馬に乗る。
(あんなふうに影のある子だったろうか? 最初はアイサに振り回されるだけの優しい子にしか見えなかったのに。いつからだろう……シンは変わった。持ち前の客観的なものの見方と、負わされた荷がシンの視野を広げる。シンは一軍を率いるのにふさわしい人物になっている)
ファニに向かって馬を飛ばしながら、ルリは考えた。
蒼山様に描いていただいたシンです。
蒼山様、ありがとうございました!




