1.クロシュの仲間⑨
ストーの隠れ家の入口は以前のままのように見えた。しかし、木のうろから中に入り込んだシンは、人の気配を感じてぎょっとした。セグルやチュリやカヌ、そして牢にいた者たちが次々と入ってくる中、シンが構える剣が光り、内部を照らす。
その明かりが、片付けられていない地図や食べ残しの乗った皿を浮かび上がらせた。
「誰だ?」
奥から声が上がる。
「なぜここを知っている?」
シンが聞いた。
シンの輝く剣に気を取られながらも、奥から現れた男たちが剣を抜く。
「待て。そちらはストー殿のお仲間か?」
現れた男たちの背後から一人の男が声をかけた。
シンは用心深く男を窺った。
男は白髪でかなりの年に見える。その物腰も都の地位の高い人物のようだった。
「ストー先生には小さい頃からお世話になっていた。ここも先生と僕の他は、誰も知らないと思っていたが」
シンは男から目を離さずに答えた。
「まさか……」
問うた男は、進み出てシンの顔を見つめた。
「まさか、シン様ではありませんか?」
「そうだが?」
「シン? エモンに追われているシン様か?」
チュリと一緒に牢に捕らわれていた男たちがざわめいた。
進み出た男は目を細め、じっくりとシンの顔を見る。
「なるほど、面影がございますな。私がシン様にお目にかかったのは、ラダティス殿が催された秋の収穫を祝う宴のおりでしたが……かれこれ、十年程前のことでしょうか? ご無礼をいたしました。私は、亡きウルス王に仕えていた、ラストスと申します。ストー殿からシン様はご無事だと知らされ、シン様にお力添えするため、私はここで仲間と落ち合い、密かに北の国境に向かおうとしていたところです」
「シンの味方になってくれるの?」
カヌが嬉しそうに聞いた。
「そのつもりでおります」
ラストスは答えたが、セグルはあからさまに疑っている様子だった。
「エモンに対抗するなら、兵を挙げているナイアス様がいらっしゃる。ウルス王に仕えていらした方ならば、何故ナイアス様のもとへいらっしゃらないのですか?」
セグルは聞いた。
「確かにナイアス殿と僕を比べたら……あなたたち王統派にとっては、クイヴルを率いるのは僕よりナイアス殿の方が都合がいいはずだ」
シンも言った。
「クイヴルを……率いる?」
セグルは驚いてシンを見た。
「シン様、あなた様は……それでは何故クイヴルに戻っていらしたのです?」
ラストスに笑みが浮かぶ。
「しなくてはならないことがあるからです。この国をエモンからも、オスキュラからも取り戻し、僕は新しいクイヴルの礎を築きたい」
「ちょっと待て。新しいクイヴルの礎だって? どういうことだ?」
セグルがラストスとシンの間に入った。
「この方は亡きウルス王の御子だ。故あってラダティス公に託された」
ラストスが答えた。
「えっ? それ……シン、本当?」
カヌが口を開けた。
「ああ、僕も旅の間で知ったんだけど」
「実の子だと?」
セグルは茫然とシンを見た。そんなセグルに代わって、チュリがきつい目でラストスに向かった。
「何を今さら……それなら、何故今まで黙っていたんだ? どんな事情か知らないが、シンはずっとひとりだったんだぞ?」
「だが、見るがいい。そのおかげでシン様は生き残られた」
ラストスは答えた。
「たまたまそうなっただけです」
チュリは言い返した。
「無礼者」
「生意気だ」
痺れを切らして身を乗り出した男たちを抑えて、ラストスは穏やかに言った。
「たまたまでない、と言ったら?」
「災いを予測して、父は僕をラダティス父上のもとに預けたらしい」
シンは頷いた。
「シン……大変だ。とにかく、大変なことになったぞ……」
セグルは呟いて腕を組んだ。
「ところでシン様、先程シン様は新しいクイヴルと仰った。その新しいとは?」
ラストスはシンを見つめた。
「外に目を向け、民の力をつけます。しかし、そうなれば王や貴族、あなたたち王につく方々は今までのようにはいかないでしょう」
「ストー殿もそのようなことを言っておりましたな」
すでにその話をストーから聞いていたラストスは、シンから直に聞いた言葉をじっくりと噛みしめた。
「それでもシンに協力して下さるのですか?」
セグルの口調が厳しい。
「今まで築いてきたものを手放したくないがために、国を失うわけにもいきますまい」
ラストスは、セグルやチュリやカヌ、そして自分の後ろにいる者たちを振り返って、きっぱりと答えた。
「僕は、できることならナイアス殿と争いたくないのだが」
「そのお言葉が聞けて、嬉しゅうございます」
ラストスは言った。
「ナイアス殿は、確か、お年が兄上とそれほど変わらないはずだ。温厚な方で、部下にも慕われているらしい。お会いしたいものだ」
シンの脳裏にはエモンの面影が浮かんだが、ここでカヌが弱々しい声で言った。
「ねえ、シン、もう朝になる。俺は腹ぺこだよ」
「そうだ、忘れていたよ、僕もすぐに戻らないと。食料はここにあるはずだ」
「シン、これからどうする気だ?」
セグルが尋ねた。
「僕は近いうちに兄上に戦いを挑む」
「俺たちは何をすればいい?」
チュリが言った。
「なるべく早くファニをまとめたいんだ」
「わかった」
「任せてくれ」
シンの言葉にセグルとチュリが頷いた。
「シン様、あなた様はパシパの炎を封じた娘とご一緒だったと、そんな噂を聞いております。それは本当でございますか?」
今まで黙って彼らのやり取りを聞いていた男が、静かに進み出た。彼はチュリと一緒に牢に捕らわれていた一人だった。一見つかみどころがないようでありながら、その眼光が鋭い。
シンは正直に答えた。
「アイサはあの火を封じるためにやって来た。僕はそのアイサを手伝いたかった」
男は頷いた。
「パシパの炎を封じた娘……なるほど、それであのベールですか。シン様、あなたは民の力をつけるとおっしゃってくださった。及ばずながら、私たちもあなた様に協力いたしましょう。私はジェリノ、サッハを中心に、クイヴルのために戦う仲間を集めていました」
「この人たちは信用できると思う」
チュリが言った。
「そのようだね。ジェリノ、よろしく頼む。君たちは、しばらく僕らのところにいるといい。チュリもだ」
「我々は、ひとまずゲンにいるストー殿のもとへ向かいます」
ラストスが言った。
「僕はクロシュの街にあるグランの商館にいる。ストー先生によろしく伝えてください」
「わかりました。シン様、どうかくれぐれもお気をつけて」
「シン様、また、お会いいたしましょう」
隠れ家を出て行くシンに、ラストスとその仲間は口々に言った。




