7.トハナミの戦い⑥
王子軍の勝利が伝わると、それまで不安の中で息を潜めていたトハナミの人々は一変して歓喜に包まれた。
口々にスナミ王子を称え、その勝利を喜び合う。
ゆっくりと馬を進め、人々の歓声を浴びるスナミ王子より一足先にテントに戻ったビャクグンとクルドゥリの一行を、スルガら、ススルニュアの傭兵たちが迎えた。
「スルガ殿、ほかの皆さんもよくやって下さいました。傷を受けた者たちはどうしていますか?」
ビャクグンが聞いた。
「コウ殿の指示を受けた方たちが面倒を見てくれています」
「ダンタスは?」
「私が、討ち取りました」
スルガは答えた。
「そう」
「これから我々はどうすればよいでしょう?」
スルガは聞いた。その後ろにはススルニュアの傭兵たちが立っている。
「私たちはススルニュアに行く。一緒に来てほしいの」
ざわめきが広がり、傭兵たちの顔が輝き出した。
「ススルニュアで何をなさる気です?」
スルガの声が震えた。
「さあ……どこまでやれるかしら?」
ビャクグンは熱気に満ちたトハナミの町から、それを囲む城郭に目を移した。
故郷に帰れるというスルガの高揚した気持ちは、勝利に酔うことも、高揚することもしない目の前の新しい主の前で徐々に冷えてく。
「そういえば、アイサ様の姿が見えませんが?」
「城郭に行ったわ。あそこから戦場がよく見える」
「戦いは終わったというのに、何故?」
「多くの人が死に、傷ついたからでしょうね」
ビャクグンは怪訝な顔をするスルガに答えた。
「今回のお働き、誠にお見事でございました。すぐに王子から感謝のお言葉がありましょう」
ビャクグンのもとへ駆けつけたデュルパが頭を下げた。
「別に構わないわ。王子も忙しいでしょうから」
「そうもいきますまい」
デュルパが笑みを漏らす。
「おや、アイサ様はどちらに? まさか、お怪我でも?」
デュルパがにわかに緊張した。
「寄り道をしているわ」
「寄り道ですと?」
「ええ、城郭へ」
「しかし、この時刻、あそこはよその方では一層その寒さが身に沁みましょう」
デュルパは心配そうに言った。
アイサは少し前まで戦場となっていた荒地を見下ろした。その傍らにはハビロがいる。
戦いに勝利したトハナミの町には、あちこちに松明が焚かれ、人々はお祭り騒ぎだ。
だが、それもこの城郭の上では遠く思われる。
「いらっしゃった」
スルガが言い、それからその足が止まった。スルガに続いてアイサの様子を見に来た者たちも、そこに静寂以上のものを感じ取った。
「アイサ、体が冷えるわ」
ビャクグンが夕闇の中に立つアイサにそっと声をかけた。
アイサはそれに気づかず、戦場となった地を見つめている。その口からは小さく、小さく祈りの言葉が漏れていた。
やがて静寂だった空気が動き出す。この時ビャクグンはうずくまっていた大きな獣が首をもたげ、アイサに襲いかかってくる幻影を見て、ぞっとした。
それでもアイサはそこに立っている。アイサの放つ気配があたりに満ちた。
誰も口をきくことができなかった。大地に漂う行き場のない人の心を宥めるように、アイサは祈りの言葉を唱え続ける。
やがて、荒涼とした寒気が澄んでいく。
アイサが口を閉じた。
底冷えするネルの寒さは、そこに立つひとりひとりに、彼らにはまだ命があることを教えていた。
「先ほど……戦いが終わったからこそ、と仰いましたな?」
アイサを見守っていたスルガがビャクグンに聞いた。
「ええ、もともとアイサは戦うことと相容れない」
「あれほどの腕を持ってクラトスの武将と戦っていたのに、ですか?」
ビャクグンの後に立っていたハッセが言った。
「アイサは殺意を持って自分の前に立ち塞がる者を退けることはできる。けれど、殺すことはできない。まして、私のようには……」
「ススルニュア行きは、アイサ様にとって酷ではありませんか?」
スルガは言っていた。
「そうでしょうね。それでもアイサは行くでしょうね。それに……私にはあの子が必要なの」
その時ビャクグンは、シオンが見たことのない笑みをほんの一瞬浮かべた。
「ビャクグン様?」
「でも、私はアイサを利用することしかできない。そこがシンと違うところだわ」
ビャクグンはそう言うと、そっとアイサに近づき、その冷え切った手に触れた。




