表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
148/533

7.トハナミの戦い④

 城郭の先に姿を現したネルとオスキュラの連合軍は、前面にダンタス率いるオスキュラ軍、その後方にクラトス率いるネル王弟軍が続いていた。

 オスキュラ軍がまず正面から憎き裏切り者、ススルニュアの傭兵部隊を叩き、ネル王弟軍がネル王子軍を漏らさず討つということらしい。

「ダンタスは単純だわ。オスキュラでは常識かもしれないけど、ススルニュア傭兵部隊が必ずしも前面に立つとは限らないのに」

 ビャクグンが無表情で言った。


 向かい合う両軍が動き始めたところで、王子軍から押し寄せるオスキュラ軍に向かって火矢が放たれた。凍てついた土地には密かに油がまかれていて、たちまち一面に火が燃え広がる。

 王子の率いる部隊が軍の先頭に出る。

 両軍がぶつかった。が、間もなく王子軍はオスキュラ軍を前にしてその勢いに押されるようにあっけなく後方へ引き始めた。

 オスキュラ軍の追撃が始まった。

 散開する王子軍が更に後ろへ引く。勢いづいたオスキュラ軍がそれを追う。しかしその時、燃え広がっていた火が所々に仕掛けてあった火薬に引火し、逃げた王子軍の後方で大音響をあげ始めた。王子軍を追っていたオスキュラ軍の馬が驚き、乗り手を振り落として四方へ走り去る。

 それだけではなかった。

 先ほどまで何でもなかったオスキュラ兵の動きが目立っておかしくなったのだ。

「あれは……何をしたの?」

 アイサは傍らで戦況を見守るビャクグンに聞いた。

「アイサも言っていたでしょ? 物資には気をつけなくちゃって」

「物資?」

「ええ」

 ビャクグンは頷いた。

「オスキュラ兵は戦いに向かう前に、気持ちを鼓舞するために薬を飲むわ」

「ああ、私もゲヘナの炎の前に行くときに勧められたわ。あのお酒のこと?」

 アイサはセレンの身代わりになってパシパの神殿に向かった時のことを思い出した。

「そう、それをいつもより濃いものにしてもらったの。あの薬は適量ならば気持ちが大胆になって体の動きもよくなるんだけど、量が過ぎると体のバランスが取れなくなる。思ったように体が動かないのよ。それに強い刺激が加わると幻覚まで伴う。戦いには不利だわね」

「不利どころじゃないわ。オスキュラ軍はその力の半分も出せていないのではないかしら?」

 アイサはバラバラなオスキュラ軍とそれに向かっていく王子軍、これに対抗するクラトス軍の動きを見つめた。

 くすぶり続ける火と土埃の中で人々が叫び、馬が(いなな)く。

 アイサの意識が続けざまに響く爆発音とぶつかり合う音の中に引き込まれた。人々の恐れや、憎しみ、怒りや絶望は神殿にいたアイサには珍しいものではない。だが、神殿でアイサを襲ったのはあくまでも意識に過ぎなかった。

 ここでは実際に人が倒れ、傷つく。

「アイサ」

 ビャクグンがアイサの名を呼んだ。

 アイサの意識がビャクグンのもとに戻る。

「私たちはけだものよ。目の前に立ちふさがろうとする者がいれば、自分の牙で切り裂くしかないの。何かを守りたいなら、それを忘れないことね」

 ビャクグンはエメラルドの瞳に映る自分自身を感じながら言った。

「わかっているわ。だけど……」

(シンはどんな気持ちで戦っているのだろう? 人々の命を預かって戦うということが、シンにとってどれほど重いことか……)

「シンは……どうしているかしら?」

 アイサは彼方に広がる戦いを見つめた。

「アイサ、いくら私が剣の稽古をつけても、あなたは戦いになると相手に致命傷を与えようとしない。それがあなたにとってどんなに危険なことか……シンは、それがよくわかっている」

「ビャク……それでも、シンの助けになりたかったのよ」

「焦りは禁物。まずは、ここ、ネルからでしょ?」

「そうだったわね」

「それに、もうじき終わるわ」

「ビャクは……クラトスの軍には手を出さなかったのね?」

「ナガト殿を討ったから……それ以上は手が回らなくて、ね」

「手が回らないですって? 嘘でしょう?」

 自分を覗き込むアイサからビャクグンは目をそらした。

「あの王子なら、オスキュラさえ何とかなれば、クラトスに勝てると思ったからよ」

 ビャクグンの言葉にたがわず、王子軍はオスキュラ北方軍の混乱に動揺するクラトス軍に牙をむいている。

(そう、これは彼らの戦いなのだ。それがどんなに悲惨で醜いものでも)

 アイサはじっと耐えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ