7.トハナミの戦い①
スナミに乞われて初めて王モリハに会って以来、アイサは幾度となく王のもとを訪れていた。
残されたその命は誰が見てももう僅かで、アイサにもどうすることもできなかったが、それでも王はアイサが訪れるのを喜んだので、アイサはしばしば王のもとに顔を出していたのだ。
しかし、この日、アイサが王の使いに呼ばれて王のもとに着いた時には王は既に意識がなかった。
そして、間もなくスナミや近しい家臣たちに見守られ、王が静かに息を引き取ると、王の周りがにわかに緊張した。
戦いが近かった。
王のところから引き揚げ、自分のテントに入ろうとしたアイサは、かすかな気配を感じて足を止めた。
「ビャク」
アイサがテントに入ると、そこにトハナミを離れていたビャクグンの姿があった。
ビャクグンはネルの女性が穿くズボンとショールを身に着けていた。体はクッションに預け、目を閉じている。
暗くなっているというのに灯りもなかった。
「王は?」
ビャクグンは目を閉じたまま聞いた。
「今、亡くなったわ」
アイサはビャクグンの様子を窺いながら、ゆっくりと答えた。
けだるそうな雰囲気に隠された、ビャクグンの研ぎ澄まされた獣のような気配を感じる。
「町の様子はどう?」
ビャクグンは続けた。
「町の人を礼拝所に集めた方がいいかしら? 怯えているのがわかるの。それに物資にも気を付けた方がいいわ。オスキュラが相手なら、ススルニュアの毒や薬が心配だもの」
アイサは、ことさら自然に答えた。
「王子に話しておきましょう。町の人のことは、アイサに任せるから」
そう言いながらビャクグンがその目を開く。そして、その目がアイサを捕らえると、それまで纏っていた、けだるそうな雰囲気が、たちまち生気あるものに変わった。
「ビャクグン様」
アイサの後ろからシオンの部下が声をかけた。
「モリハ王がお亡くなりになりました」
ビャクグンは頷き、そして聞いた。
「次期王は?」
「王は、かねてよりスナミ王子を指名されていました。側近たちにも異存はありません」
「そう、わかったわ」
ビャクグンは眉一つ動かさなかった。
「いよいよか……」
アイサは呟いた。
「まず、トハナミの警備を強化して」
ビャクグンが言った。
「それから、クラトスの動きを探らなくては……」
アイサが続けると、ビャクグンは首を振った。
「違うわ。探るんじゃなくて、誘導するの。もうお膳立てはできているわ。私たち、これから王子のテントに移るわよ」
ビャクグンが立ち上がる。
「その前に、ビャク……」
アイサはポシェットからビャクグンのためにとっておいた真珠(白玉)を取り出した。大粒の、見事な輝きをもつものだ。
「この前の賭け、ビャクの勝ちだったから」
「ああ」
意表を突かれたビャクグンに、アイサは言った。
「ビャク、私はビャクが今までどんなことをしてこようと、この先どんなことをしようと、ビャクが好き」
「あら、アイサ、私もよ」
ビャクグンの顔に、いつもの笑みが広がった。




