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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
136/533

6.ネルの砦⑩

 夜が明けかかっていた。

 スナミ王子のテントにほど近い、客用のテントから灯りが漏れている。

「ただいま、アイサ。起きていたんだ?」

 ビャクグンは馬で乗り付けた勢いそのままにテントに入って来て言った。

(男の時と女の時と、よくこれほど変われるものだわ)

 アイサは感心してビャクグンを見た。ビャクグンの纏う空気にかすかに血の匂いが混じる。

「今着替える。アイサの側にいるなら、女の方が便利だし」

 すっとビャクグンは荷物のある奥へ入っていった。そのビャクグンを追って、コウがテントに顔を出した。

「ビャクグン様が帰ったようだったけど?」

 コウはクルドゥリの次期長老であるビャクグンにすっかり気を許している。

「コウ、これから食事をして休む。何か運ばせてくれるとありがたいのだが」

 奥からビャクグンが言った。

「わかりました。それでロッツは?」

「済んだ」

 コウとアイサの目が合う。

「ビャクグン様は奥で何をしているの?」

 コウはアイサに聞いた。

「着替えよ」

 アイサが答えると、再びビャクグンの声がした。

「王子はどうしている?」

「よく寝ています。でも、ビャクグン様が来たら起こしてくれって言っていたから、こちらで早い朝食を取りましょう」


 間もなく朝食の準備が整った。そこにやって来たスナミとデュルパはすらりとした背の高い美女に目を見張った。

 コウも先ほどからしげしげとビャクグンを見上げている。

「そういちいち驚かないでもらいたいわ」

 ビャクグンは艶然と微笑んだ。

「私、こちらの姿で過ごすことの方が多いのよ。アイサと一緒にいるには、この方が都合がいいから」

「それでは……お二人は将来を誓い合ったとか……そういうご関係ですか?」

 デュルパが咳払いをしながら聞いた。

「それはないのよ」

 アイサが笑った。

「そうねえ、シンにアイサを守るって約束しちゃったしね」

 ビャクグンも笑った。

「なるほど……」

 デュルパは納得しかねる様子だったが、そこでコウが言った。

「それで、これからどうなるの?」

「近いうちにスルガ隊長が自分の隊ともう一隊、ススルニュアの傭兵部隊を連れてここにやって来るわ」

 ビャクグンの希望で食事に加えられた度の高いネルの酒をビャクグンはゆっくりと味わった。

「有難い。早速迎える用意をしよう。それと、兵糧を頂いた」

 スナミが頭を下げる。

「ミルの船が届けたの?」

 アイサが聞いた。

「いいえ、今ミルも忙しいから。別の船が来ていると思うわ」

「クルドゥリとは豊かな国なのだな」

 スナミは感心した。

「それでも小さな国なのです。存在を明らかにすれば、外交なしでは他国と渡り合えません。行く先は不安ではありますが、仕方ありません。まずは周りの国々にしっかりしていただかないと」

 ビャクグンの口調には厳しいものがあった。

「約束する。我々は自分の小ささを知っている。そして自分たちの生き方を大事に思っている。受けた恩を仇で返す習慣はない」

「こちらもです」

 ビャクグンは答えた。スナミ、コウ、デュルパは満足そうに頷き、ビャクグンに酒をすすめる。アイサは温かいお茶を飲みながら骨付き肉をかじっているハビロにそっと微笑んだ。

 やがて一通り食事が終わるとビャクグンは言った。

「さあ、アイサ、あなた、寝ていないんでしょ? そろそろ休まないと。ネルの皆さま、よろしいかしら?」

「あ、ああ、もちろんだ」

「失礼いたしました」

 ネルの男たちは慌ててテントを出た。その足取りが軽い。

「あれからすぐにロッツを暗殺した。ビャクグン様が敵じゃなくて良かったな、王子?」

 スナミに声をかけたコウにデュルパも大きく頷いた。

「ですが……女性のビャクグン様というのは、ますます得体が知れませんな?」

「全くだ。面白いものを見せてもらった。人間何でもアリだな?」

 大いに感心した様子のスナミをコウが睨む。

「王子、お前もしっかりしろ」

「いや、戦いのお膳立てはビャクグン殿にお任せしよう。俺は町の警備の状態を見回って来る」

「ですが、よろしいのですか、全てビャクグン様にお任せして?」

 デュルパがスナミを窺った。

「あの方に睨まれたら、こっちは蛇に睨まれたカエルも同然だ。少しばかり賢しがっても無意味だ。悪あがきはしないに限る」

 スナミは朗らかに笑った。

「あの……スナミ様、それでは……クラトス様が攻め入る前に自害なさることは……考え直していただけたのですね?」

 デュルパがそっと言う。

「ああ」

 息を詰めて自分を見つめるデュルパとコウに、スナミは頷いた。

「叔父上のもとでは、ネルはオスキュラに苦しめられる。それはわかっていた。だが、戦っても負け戦……無駄に民を死なせるだけだ。俺がいなくなれば、トハナミの民も諦めて叔父上のもとで何とかやって行く道を探るだろうと思った。しかし、あの二人が現れ、ススルニュアの傭兵部隊が加わって……僅かばかりだが、希望が生まれた。俺はこの戦いに賭けてみる気になったよ」

 スナミの瞳が輝く。

「王子……それでは、私も暫くは命がつながったようでございます」

 デュルパは主を見て微笑み、コウがそっと息を吐いた。


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