6.ネルの砦⑥
ペルトの率いる一団は、トハナミの城郭を出て荒涼とした土地を抜けた。
その先は針葉樹の森。彼らはそこを通って古い砦のある高台へと登っていく。
高台へ上る道は状態が悪く、荷馬車が恐ろしく揺れたのでアイサはあちこちに痣をつくることになった。
「降ろせ」
唐突に馬が止まったかと思うと、近づいてきたオスキュラの兵が二人の腕をつかむ。
「やれやれ、やっと着いた」
荷台から降ろされたビャクグンが溜息をつき、アイサは体が痛くて顔をしかめた。
「アイサ」
「大丈夫よ、ビャク」
「ぐずぐずするな」
横柄な声が二人を怒鳴りつける。
割って入ろうとしたススルニュア兵を押しのけ、監視役のペルトが二人を小突いた。
「これでは無理だと思うが……逃げようなんて思うなよ」
縛り上げられている二人を見て、ペルトがにやりと笑う。
ペルトの部下に引き立てられ、二人が最後の急坂を登ると、急坂の先に思いがけず大きな砦が現れた。
その砦の門の先には石造りの建物が見える。
なかなか立派な造りだ。
その建物には物見のための塔がついていた。
砦を囲む高い壁にも物見の場所が見える。
オスキュラ人のペルトは意気揚々と先頭を歩いている。間もなく、パシパの炎を封じた娘がいると聞きつけた兵たちが集まってきた。
ススルニュア人ばかりだ。
オスキュラ軍といっても、ここはその下で働くススルニュアの傭兵部隊が使っている砦らしかった。
得意の絶頂のペルトと、その部下のオスキュラ兵に囲まれて、アイサとビャクグンが建物の中に連れていかれ、その後にトハナミで二人を捕らえたススルニュア人の部隊が無言で続く。
アイサはこの砦の重苦しさに息が詰まった。砦の中にある石造りの建物の古びた鉄製の扉が開く。そこには三人の男が待っていた。ひとりは長身で痩せたオスキュラ人らしい男。後の二人は小柄で恰幅のいい中年の男と彼に従う大柄な若者だった。小柄な中年の男は肌は浅黒く、薄い髪は褐色、瞳は黒。大柄な男は黒い髪に金の瞳……こちらの二人はススルニュア人だろう。
(さて、隊長はこの中の誰だろう。大柄なススルニュア人は小柄な方の部下といった感じだけれど)
アイサが三人を興味深く眺めていると、ペルトが勝ち誇ったように小柄な方のススルニュア人の前に立った。
「やあ、スルガ殿、聞いて驚くなよ? これがパシパの炎を封じた、あの悪魔だ。早速本隊のダンタス様のところへ送ってくれ」
「まさか……」
男が信じられないように首を振る。
「我がオスキュラに雇われ、この砦を預かるススルニュア傭兵部隊の隊長様はこの俺が信じられないか?」
(ということは、砦の隊長はススルニュア人だったか……)
アイサはちらりとビャクグンを見た。ビャクグンがかすかに微笑む。もちろんペルトはビャクグンのほんの少しの表情の変化など気づきもしなかった。
「どうした、スルガ殿?」
ペルトがスルガと呼ばれた男に詰め寄る。しかし、男の目はアイサに注がれたままだ。
「ペルト、本当なのか?」
黙り込んだままのスルガの横でオスキュラ人と見える長身の男が声を上げた。
「はい、確かです、ヒュメゲル様」
ペルトは恭しく答えた。どうやら、このヒュメゲルという男はこの部隊の目付け役といったところだ。
「それは……大手柄だ。たいした手柄だぞ?」
ヒュメゲルはペルトの手を取らんばかりの勢いだったが、その勢いもペルトの後ろにいる娘を見て戸惑いに変わった。
「だが、この娘が? 間違いではないのだろうな?」
「もちろん本物ですとも」
ペルトが胸を張る。
「そんなに自信がおありとは……ペルト様、何か証拠があるのですね?」
スルガ隊長に従っている大柄な男が聞いた。
「ああ、エイル、俺は現にパシパで神殿に向かうこの娘を見ている。この目でな? この容姿、一度目にすれば絶対に見間違うはずがない」
ペルトが堂々と言い放つ。
「で、スルガ殿、いつもの余裕はどうなさった? どんなときにも冷静沈着なススルニュアの傭兵魂はどこへやったのだ?」
ペルトはせせら笑った。
「所詮、南方の出だ。戦うことしか能がないのであろう」
ヒュメゲルも上機嫌で笑う。
スルガに従うエイルはこっそりと唇をかんだ。だが、ただ茫然と目の前に連れてこられた娘を見ていたスルガは、二人の皮肉と嘲笑など気にもかけなかった。
「隊長殿は驚きのあまり口もきけないようだが、早速尋問と行こうか。ペルト、後はこちらに任せてくれ」
「わかりました」
「これが本物であれば、大手柄だな」
「もちろん本物ですとも。そして、娘を見つけたのは、この私です。それをどうか忘れないでください」
ペルトが強調する。
「わかっている。上への報告には必ずお前の名を入れておく」
ヒュメゲルは請け合った。
「ありがとうございます、ヒュメゲル様」
ペルトはスルガたちススルニュア人に対するのとは打って変わって丁寧に言うと、アイサとビャクグンを引き渡し、部下を引き連れ、意気揚々と部屋を出て行った。




