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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
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6.ネルの砦②

 商人に扮したアイサとクルドゥリの一行は、ネルの王と王子の住むトハナミを訪れた。

 トハナミは周囲を高く岩を積み上げた城壁で囲まれている。その中に入ると岩を積んで作られた小さな家々が煙突から煙を吐き出していた。

 テントで暮らしている人たちも多い。

「寒くないのかしら?」

 首をかしげたアイサにシオンが答えた。

「テントの中は意外と快適なんです。彼らは本来遊牧を行う民ですからね。これから伺う王子もテント暮らしです」

「まあ」

 この国の人々の暮らしはアイサを驚かせることだらけだ。

「私もネルは初めてなんだ。楽しみだね」

 ビャクグンも驚いたようだった。その瞳が輝いている。

 ごみごみとした店やテント、礼拝所がひしめくトハナミの繁華街を横切ると道は緩い上り坂になり、一軒一軒の敷地が広くなり……そして間もなく、彼らの前に警備兵に守られた赤褐色のテント群が現れた。

 なかなか立派な眺めだ。

「ご覧下さい、あのテントが王子のものです。そして、その奥の大きなテントにご病気の王がおられます」

 シオンは一行をテント群の前庭とも見える一角で待たせ、一人で王子のテントに向かった。


「おい、ここに何の用でやって来た?」

 シオンを待っていた一行に、ずけずけとオスキュラの兵が近づいてきた。たちまち近くにいたオスキュラの兵たちが寄ってきて一行を取り囲む。

「私たちはトハナミの金を買い付けに来たのですが、王子にご機嫌伺いに参りました。お目通りのお約束は頂いております」

 ビャクグンが淀みなく答える。

「王弟クラトス殿にならともかく、王子にご機嫌伺いなど、商人のくせにこの国の事情が分かっていないと見える」

 取り囲む兵の中から、小柄な男が出て来た。横柄な態度だ。だが、王子のテントを守るネルの警備兵はこれを聞き流し、動かない。

 そこへシオンと共に、王子の家臣たちがやって来た。

「只今、王子は王のお見舞いをなさっていらっしゃるが、間もなく戻られる。こちらで待たれよ。あ、いや、これは……」

 王子の家臣たちは、ハビロに気づくと慌てて後ずさりした。

「オオカミなど、とんでもない」

 家臣たちがざわめく。

「殺しちまえよ」

 オスキュラ兵が言った。

「そうだ、そうだ」

「しかし、これは王子のお客人のものだ」

 一緒にやって来た王子の警備兵が困った顔をする。

「オオカミなんて縁起が悪いぞ」

 とりまくオスキュラの兵から笑い声が上がる。

「では、私が預かりしましょう」

 一人の少年が進み出た。

 肩でそろえたまっすぐな黒髪に利発そうな黒い瞳。

 警備兵の中から現れた少年は警備の服を身に着けていない。鮮やかな模様が折り込まれた毛織物の上着にズボンだ。そしてその腰のベルトには短剣が差してある。

 少年はゆっくりとハビロに近づいた。

(ハビロを恐れる様子がない。これなら……)

 ひっそりとビャクグンやシオンの後ろに隠れていたアイサは、少年にハビロの綱を渡そうと近づいた。その時、毛皮の帽子の奥に輝くエメラルド色の瞳がオスキュラ兵の中にいた小柄な男の目に留まった。

「な……に?」

 横柄な態度だった男の顔色がみるみる変わる。

(まずい、この男、私の顔を知っている)

 アイサが顔を伏せた時だった。

「構わん。そのオオカミも一緒に連れて来るがよい」

 伸びやかな声が響いた。

「王子」

 家臣たちが振り返る。

 そこに現れたのは、モリハ王の一人息子スナミ。顔にはそばかすが見えるまだ二十歳そこそこの若者だった。青みがかった切れ長の瞳、緩やかに波打つ褐色の髪は後ろに束ねられている。服装はネルの狩猟服、そして美しい色柄の毛織物を羽織っている。ピアスの石が高価なものと見えるが、その他はあの少年と大して変わらなかった。

「王子。しかし、これはオオカミですぞ?」

「そうです。王子の身に万一のことがあっては」

 ネル国の家臣たちが声を上げ、訴える。

「その時は気の毒だが私の剣で切り捨てる。それより、私に用があったのはそちらの者たちか? お前がシオンの主か?」

 王子はビャクグンに目をやった。

「そのようなものです」

 ビャクグンが柔らかく答える。

「今日の客人は格別の者のようだ。さあ、こちらへ。話を聞こう」

 王子はさっさとテントの方へ歩いて行った。

 この間、小柄なオスキュラの男はこの王子など目に入らず、アイサやシオンの一行を盗み見ている。

「ビャク、あの男、私を知っている」

 アイサは王子のテントに向かいながら、そっとビャクグンに言った。

「放っておこう」

 明らかに落ち着きをなくしているオスキュラの男を見て、ビャクグンは笑みを漏らした。

「ビャク、何か考えがあるのね?」

「どうかな。でも、動きがある方が面白い」

 ビャクグンがウインクする。アイサは安心し、それからいたずらっぽくビャクグンに囁いた。

「私、王が病気なんだから王子も弱々しいのかと思ったわ」

「弱々しいどころか、かなりの野生児のようだ」

 ビャクグンも王子の足取りを見て囁いた。


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