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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
124/533

5.月は東に日は西に⑨

 翌朝アイサが目覚めたときにはビャクグンのベッドはもう空だった。

「どうやら長老見習いはきつい仕事らしいわね」

 朝から暇をもてあましていたアイサが言うと、ヒナは怒った様子で答えた。

「もちろんですとも。どなたでも務まるといったお仕事ではないのです。まして、今この国は大きな転換期にさしかかっています。それなのに、ビャクグン様はアイサ様のことまでお引き受けになって……信じられません」

 口を膨らませ、真剣に言う様子が微笑ましい。

「あなたはとてもしっかりしているのね。そういえば、クルドゥリの人たちはどんなことを学ぶのかしら? 私、知らないことが多くて」

 何気なく言ったアイサを見て、ヒナは驚いた。それまでアイサは完璧な礼儀作法と教養を見せるだけで、ヒナにとってはどこかよそよそしく近寄りがたかったのだ。

「私はこちらで働くように礼儀作法と歴史、数学、科学などを仕込まれました。それに詩歌も」

「詩歌か……ここの文化の高さが推し量れるというものね。自然だけでなく、人のあり方も美しい」

 アイサは納得した。

「外をご案内いたしましょうか?」

 ヒナは思い切って言った。

 今度はアイサが驚く番だった。

「人前に出てもいいの? クルドゥリだって国を開くことに賛成の人ばかりではないでしょう? 今、私が外をうろついたら、面倒なことになるのでは?」

「もちろん、皆アイサ様のことは存じております。そして、この国の行く先を不安に思う者も多いでしょう。でも、どうかご自分の目でこの国をご覧下さい」

 ヒナの表情が生き生きと輝く。

(この子を堅苦しいと思ったが、堅苦しくさせていたのは私の方だったのだ)

 アイサは少し反省した。


 柔らかな光が心地よい。もう冬だというのに、山に抱かれたこの地は穏やかな日だまりの中にいるようだ。

 アイサはヒナに案内されて広場に出た。

 広場の中央には清水が湧いていて、それを木々が取り囲んでいる。石畳はすり減ってなめらかで、この国が歩んできた時間を感じさせた。

 広場を行く人々はアイサに気づき、そっと微笑む。その柔らかさは、アイサが地上に来て訪れた他の国々とは随分趣を異にしていた。

 考えてみれば、ビャクグンをはじめ、スオウも、シャギルも、ルリも、武術に秀でているが、決して荒々しいところはない。

 行き交う人々はアイサとヒナを凝視することもなく、そっと視線をそらしていく。それはクルドゥリの人々の気配りと感じられた。ここはまなざし一つとっても優しくて洗練されている。

「あれは何?」

 広場を抱くように造られているクルドゥリの中枢をなす建造物から、少し西へ離れたところに、ぽつんと一つ塔が見えた。クルドゥリの国へ入る時にくぐった扉やその広間の壁と同じ材質だ。それは太陽の光を受けて金色に輝いている。

「あれは長老が瞑想されるための塔です」

 ヒナは答えた。

「瞑想?」

「そうです。長老は一日に一度、必ずあの塔にお出かけになります。代々どの長老もそうです。それも長老の大事なおつとめなのです」

「それじゃ、ビャクも?」

「もちろん、そうなられるはずですわ」

 神殿で育ったアイサには、上に立つ者が瞑想するのは至極自然で、必要なことだと理解できた。

(でも、それだけでいいのだろうか)


「大変だ、病人が出たぞ」

 目の前で起こった騒ぎがアイサの疑念を中断した。

「あっ、アイサ様お待ち下さい」

 ヒナが止めるのも聞かずに、アイサは騒ぎの方へ駆け出した。

 (うずくま)っていた中年の男は熱に浮かされているようだった。見れば、全身に赤褐色の発疹が出ている。駆けつけた救護の人たちが慣れた様子で男を包み、運んで行く。

「伝染病です。アイサ様、ここは離れた方がよさそうですね」

 そばにやって来たヒナが言った。

「あれが伝染病なら……他の人は大丈夫かしら?」

「大丈夫です。今までも何度かあるのです。最近、よそ者が仕掛けてくるようになって」

「伝染病をしかける? そんなことがあるの?」

 アイサは驚いた。

「ええ、この国を探している者たちの仕業だということですわ」

「それなら、国を開いたらもっとおおっぴらに狙われるのではないの?」

「逆だと思います。はっきりと存在を示せば、こちらに対してあんな軽はずみな行動は出来なくなるでしょう。こちらも黙っていませんから」

 ヒナはきっぱりと言った。

「でも、姿を現してしまったら、いくら知識や技術があっても、大国に脅かされれば国の存亡にかかわる……」

 思わず言ったアイサを、ヒナは真剣な瞳で見つめた。

「その通りです。だからこそ、グランやクイヴルといった同盟国が大切になるのです。シン様には必ずクイヴルを取り戻し、王になっていただかないと」

「ヒナ」

 アイサは、今度こそ、はっきりとシンの現実を突きつけられた気がした。

(私は馬鹿だ。私はシンと一緒にいられないことだけに打ちのめされていたけれど、シンはそれどころではないんだ。クイヴルの王になるためには、何としても勝ち続けなくてはならないのだから。それは決して簡単なことじゃない。わかっていたはずなのに……いいえ、くよくよしても仕方がないわ。こうなったら、私もこんなところでのうのうとしている場合じゃない)


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