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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
120/533

5.月は東に日は西に⑤(挿絵あり)

 その晩、アイサは夕食の時にシンと顔を合わせたものの、意地を張ってろくに口を利かないままだった。そして、それ以降アイサはシンと会う機会がめっきり減った。

 シンはクルドゥリの人たちと過ごす時間が増え、いつも忙しそうにしている。たまにアイサと一緒にお茶を飲むことがあっても、考え事をしている風でアイサのことなど目に入らない様子だ。

 クルドゥリの服を着ているシンは、また少し背が高くなったようだとアイサは思った。

(初めて会った頃は私とそう変わらなかったのに。それに、シンはこの頃よそよそしいような気がする。これからのことで頭がいっぱいなのはわかるけど)

 そういうアイサもクルドゥリの服を身に着け、ビャクグンやフタアイ、それに長老会議のメンバーと話すことが多くなっていた。

 彼らはアイサに古の時代に使われていたが今ではもう使われなくなった装置を見せたり、この地に住みついてからの長い歴史を語ってくれたりした。

 フタアイや長老会議のメンバーは、いつもきちんとした詰め襟の服を着ている。官職についている女性は詰め襟の上着に長いスカートだ。

 だが、アイサの身の回りの世話をしてくれる人たちは、もっと軽やかな服だった。動きやすそうな薄地のスカートにベストを身に着けている。

 アイサはとにかく動きやすい服を望んだが、結局クルドゥリの軽い布地を使った、短めのワンピースドレスという可愛らしい服装となった。

 もともとゼフィロウの領主の娘であり、物心つく頃から神殿で育ったアイサは身のこなしに隙がない。

 美しいクルドゥリの建物の中でアイサはひときわ輝いていた。

 そんなアイサを見て足を止めずにいられる者は少ない。

 その素性からいっても、クルドゥリの人にとってアイサは心を奪われる客だった。

 そんなアイサを誘って見晴らしのいい回廊を歩いていたビャクグンは、アイサに目をやって満足そうに言った。

「とても似合っているわ。アエル様を思い出す」

 ビャクグンはクルドゥリの錦を帯に使ったロングドレスにサンダルを履いている。クルドゥリの広場と、その先に散らばる家々や街を眺めていたアイサはビャクグンを振り返った。

「お母様もここに来たことがあるのね?」

 ビャクグンはゆっくりと頷き、遠くの山々に目を向けた。

「私は、小さい頃アエル様にお会いしたことがあるの。あなたはよく似ている。その瞳以外は。深くて優しい方だと思った。あなたのお母様の国バラホアは戦いを避け、古の知識を残した点では私たちと同じだけれど、あの人たちは積極的に傷ついた人々に関わった。医術を通してね。もともとバラホアは医術を専門とする人たちの集まりなの。バラホアは権力に組み込まれないようにその場所を隠しながらも、誰にでも手を差し伸べて来た。ここのように豊かではないけれど、私にはその生き方が眩しく思えたものよ」

 ビャクグンはそう言って、この美しい国を見下ろした。

(お母様の国か) 

 ビャクグンと別れて部屋に戻ったアイサは、夕暮れの山々の美しさに惹きつけられ、窓に近づいた。

 この時、小さな音がして扉が開いた。

 静かな足取りがアイサに近づき、アイサの後ろで止まる。振り返ったアイサの瞳がシンの姿を捕らえた。シンは軽装であったが、クルドゥリの戦支度をしていた。

「シン、その支度……」

「うん。これからクルドゥリを出るよ。ストー先生とグラン王の弟君のキアラ殿が森の外で待っている」

 アイサはシンの灰色がかった黒い瞳を覗いた。

「シン、私、こんなところで待っているために一緒に来たわけじゃないわ」

 アイサは蒸し返さずにはいられなかった。

 シンはアイサを見つめた。

「君は、いつでもその指輪でゼフィロウへ帰ることが出来る。いつでもその剣でクルドゥリのシステムを破って……でも……待っていて欲しいんだ。僕が生きているうちは……また会える希望のあるうちは」

「シン、ずるいわ。そんな風に言われたら、嫌とは言えないじゃないの」

 抗議しようとしたアイサをシンが抱きしめた。

「必ず帰るよ。約束する」

 シンの腕が痛いほどだ、とアイサは思った。

「じゃ、行くよ」

「シン」

 歩き出したシンの後をアイサが追う。初めてクルドゥリの人々が彼らを迎えてくれたホールはがらんとしていたが、そこにはスオウ、シャギル、そしてルリが待っていた。

「四人で……行くの?」

「心配するな、アイサ。仲間は国の外にたくさんいるからな。必要に応じて応援を頼む」

 スオウが言った。

 ビャクグンがフタアイと現れた。

「シン、幸運を祈っています」

 ビャクグンが言った。

「御武運を」

 長老も言った。

「ありがとうございます」

 シンは二人に丁寧に頭を下げてから、アイサを見た。

「アイサ」

「……待てというのなら、待つわ。でも、やっぱりシンは勝手よ」

 素直に別れの言葉が出なくて、結局アイサは我慢できずに胸の中にくすぶっている思いを口にした。

「ごめん」

 困り顔のシンに、アイサはポシェットから姿を消すベールを取り出して、シンに押しつけた。

「これ、持っていって」

「でも」

 ためらうシンの横から、シャギルが言った。

「アイサ、助かるよ」

「行くぞ」

 スオウが促す。

「ああ」

 シャギルが答た。

「行ってくるわ」

 ルリが微笑む。

「アイサ、元気でいてくれ」

 アイサの姿を心に焼き付けるように見つめると、シンは旅立っていった。



挿絵(By みてみん)




イヲ様から頂いたビャクグンです。

イヲ様、ありがとうございました!

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