表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
118/533

5.月は東に日は西に③

 クルドゥリ国のあるこの山地は、遠くから見れば何の変哲もないが、その懐には巨大な建造物を抱えている。

 その巨大な建物の最上階で、長老とクルドゥリの中枢を担う者たちがシンとアイサ、そしてビャクグン、スオウ、シャギル、ルリを迎えた。

「ご紹介いたしましょう。ここにいるのは、それぞれクルドゥリの内政を担当するタイシャ、外事担当のロクショウ、そして科学技術と、この国のシステム管理を担当するメッシです。私は長老のフタアイです。アイサ殿、シン殿、お二人にお会いできる日を楽しみにしておりました。まずは、おかけ下さい。さあ、皆もかけなさい」

 フタアイに示された席に向かうシンとアイサの足が止まった。大窓に近づけば、まるで断崖絶壁に立っているかのようだ。

 眼下には円形の広場。その周辺には店が並び、広場から放射状に延びた道の両脇、そして緑の中に家々が点在している。その先はなだらかな丘陵と森になり、遠くに幾重にも連なる山々が見えた。

 ここから見ると、クルドゥリの国というのは、山と一体化した巨大な建造物とそれを囲む森から成るのだと一目でわかる。そして、眼下にある広場はクルドゥリという大きな家の中庭のようだ。規模は違うが、ウィウィップの里の構造と似たところがある。

(それにしても、高い。鳥たちが眼下を飛んでいる)

 シンは海の国の高層建築を思い出した。

「シン」

 先に我に返ったアイサがシンを促す。

 二人が席に着くとフタアイは改めて言った。

「よくお越しくださいました。クイヴルのシン殿、そして、セジュ国のアイサ殿」

「ゲヘナを封じるために協力してくださったばかりでなく、その後もこうして助けて下さったことを感謝しています」

 アイサが応じた。

「僕らを助けることは、クルドゥリにとっても危険なことだったでしょうに」

 シンは言ったが、フタアイはにこやかに答えた。

「確かに危険でした。しかし、よいこともあります。私は長老の役目からやっと解放されます。私などより、よほど適任な者にこの座を譲ってね」

 ルリとシャギルは怪訝な顔をしたが、スオウはその目をビャクグンに向けた。

「そう、とうとう承諾させることが出来たのですよ。ビャクにはずっと断られてきたが、これで私も研究生活に戻ることが出来ます」

「研究、ですか?」

 ルリとシャギルが目を見張る中で、シンは思わずフタアイに聞いた。

「ええ、シン殿。私は、もともと科学技術担当でした」

 綺麗な白髪だとアイサは思った。

(それにしても、ビャクが長老なんて。いや、確かにビャクは優れている。底の知れない強さの源は、その並外れた能力だ)

「だけど……ビャク、どうして急に?」

 アイサは聞いた。ルリとシャギルもビャクグンを見つめている。

「アイサ殿、ビャクは、クルドゥリは国を挙げてあなた方をお助けするべきだと言ったのです」

 外事担当のロクショウが言った。

「それに伴う危険は長老職を受けた自分が背負うと……かねてからのフタアイ様の申し出に応えてくれたのですよ」

 科学技術とシステム管理を担当するメッシが微笑む。

「こう見えて、ここにいらっしゃる方々は、ただでは私の願い事を聞いてくれませんからね」

 旅の仲間が見つめる中、ビャクグンは肩をすくめた。

「今も気が乗らないのですが。それでも、最高会議のメンバーの方々は、私がここで女性の格好をしていてもいいと仰るし、時には外に出かけてもいいと仰るし、その時は仕事の肩代わりもしてくれると仰るから、しばらくお引き受けすることにしました」

 ビャクグンは涼しい顔で言い、スオウをはじめ、思いがけない状況に戸惑っていた旅の仲間たちは、何故だか自分たちの肩身が狭くなったような気がした。

「他に候補者はいないの?」

 アイサは小声でルリに聞いた。

「ビャクを(しの)ぐ人はいないわ」

 ルリが溜息をつく。

「そういうことです、アイサ殿。しかし、そのビャクグンでさえ、ゲヘナを封じる手だてがなかった。あなたが海の国から現れたと知ったとき、どれほど驚き、喜んだことか……我々はそれを語る言葉を持ちません。しかし、それだけではなかった。あなたは瀕死のシン殿を海の国へお連れになり、五日後に戻られた。すっかり回復したクイヴルの王子シン殿と共に不思議な剣を携えて。これで我々の取るべき道も決まりました。あなたは我々の道を開いてくださったのです」

「そんなつもりでは……」

 アイサは言葉を失い、シンが小さく言った。

「やはり、遠き世から……というわけか」

「シン殿、グランはあなたを認め、同盟を結びたいと申し出たのですね?」

 フタアイは言った。

「はい。ですが、それは私がクイヴルを取り戻すことができたらの話です。それに、ケルビン王がそう仰ったのは、このクルドゥリの存在があったからです。でなければ、誰もあんな賭には出ません」

「あなたには賭ける価値があります」

「それは何故ですか? 確かに、剣はもらいましたが、海の国の援助はありません。アイサが一人来てくれただけです」

「陸を離れ、海に去った人々がアイサ殿を送って下さった。我々はそれをひとつの兆候と取りました。我々はクルドゥリが国を開くときが来たと判断しています」

 タイシャ、ロクショウ、メッシも頷く。

 シンとアイサは顔を見合わせた。

「御覧の通り、」

 フタアイは窓に目をやった。

「我々の祖先は、戦いから逃れるためにここを築きました。我々は戦いで失われる以前の高度な科学技術を持ち、外との接触を断って、長くここで平穏に暮らして来た……しかし、どうでしょう。クルドゥリの人口は減り、我々の科学技術は失われこそすれ、新たなものは生まれてこない。一方、生きるのに精一杯だったはずの外の人々は、その数を増やし、この世界は一挙に不安定になりました。じきに我々の力も及ばなくなるでしょう。それどころか、彼らは我々の富に目をつけ、血眼になってこの国を探している。どのみち、我々は否応なく他国と関わらなくてはならなくなるでしょう」

「そうかもしれない……しかし、この国の本当の宝は、この国の人の中にある。それを他国が力で奪うことが出来るでしょうか? クルドゥリが国を開いた時、こちらの方々が各国の要職を占め、産業を興していく、そんな世が来るといい」

 シンの瞳が輝いた。

「なるほど、ビャクグンはあなたのことをおもしろい人だと言った……シン殿、あなたの望みはクイヴルの内乱を終結させることでしたね?」

「そうです」

「それは、しかし、クイヴルの中だけの問題ではありません。決して、楽ではありませんよ? それでもあなたはその道を踏み出しますか?」

「はい」

「結構です。我々はあなたに協力いたしましょう。ゆくゆくはお互いに守り、守られる関係になりたいものです。そして、もう一つ……」

 フタアイはビャクグンを見、ビャクグンが口を開いた。

「海の国の剣はこの国のシステムを支配できるのでは?」

「気づいていたのか」

 シンは冷静だった。

 しかし、スオウ、シャギル、ルリは驚きを隠せなかった。

「いつわかったんだ、ビャク?」

 スオウが聞いた。

「海の国から二人が戻って、ずっと気になっていた。あの剣は何だろうと。アイサが何の躊躇(ためら)いもなく森を疾走したとき、思い出した。ここの科学技術と海の国のものとは同じ源だったということを。そして、門のところで二人の様子を見たとき確信した」

「確かに、この剣にはそれが出来ます」

 シンはフタアイに向き合った。

「しかし、僕たちはクルドゥリのシステムを支配する気はありません」

「その通りよ」

 アイサも言った。

「それでも、その力を持っている。そして、その剣の力はそれだけではないはずです。これからあなたが向かう困難を知り、海の国の人が持たせたものです。きっと計り知れない力を持っているのでしょう」

 フタアイはアイサを見つめた。

「それが、何か?」

 怪訝な顔をするアイサから、フタアイはシンに目を向け、穏やかに言った。

「その剣は海の国のもの……その力は、この地では神の力にも匹敵すると見えるでしょう。シン殿はその力を持ちながら、ご自分を保つことができますか?」

 その場にいるクルドゥリの者たちの探るような視線がシンに注がれた。

「私は、自分が如何に神から遠い人間であるかわかっています」

 シンは答え、フタアイは頷いた。

「結構です。しかし、シン殿、ここでクルドゥリがあなたに協力する条件をつけさせていただきましょう。アイサ殿の身柄をこちらで預からせていただきたい」

「アイサを?」

「それはだめよ。私もシンと一緒に行くのだから」

 アイサはきっぱり断った。だが、シンは考え込むような様子を見せた。

「それは、私がクルドゥリを裏切らないように、ですか?」

「そうなりますな。ただ、アイサ殿は客人として丁重におもてなしするとお約束します」

「無理だわ」

 首を振るアイサの隣で、シンはフタアイを見つめた。

「フタアイ殿、それはいつまでですか?」

「シン、何を言い出すのよ?」

「あなたがクイヴルの王となり、我々が信頼できる同盟国同士になる時まで」

 フタアイは答え、シンが頷く。

「アイサ、ごめん。ここに残って」

「どういうこと?」

「これは僕の戦いだ」

「私は、あなたを手伝う気でここまで来たのよ?」

「その気持ちはありがたいけど……クルドゥリの力はどうしても必要だ」

「クルドゥリの申し出は納得できないわ。まるでシンを信用していないじゃないの? シンもあっさり同意しすぎるわ。それとも、私では役に立たないというの?」

 アイサは思ってもいなかった話の成り行きに感情的になった。そんなアイサにシンは言った。

「いや、君は公平に言っても、とても力になる。それはわかっているけど……」

「わかっているけど、何なのよ?」

「君は、ほら、すぐそんな風に感情的になるだろう? だけど、これからの戦いは醜いものだよ。君には向いていない」

「シン」

「フタアイ様の申し出は、僕にとってはありがたいものでもあるんだ」

「アイサ、ここに残っておあげなさいよ」

「そうだな」

「ルリ? シャギルまで」

 アイサは唖然として二人を見た。

「あなたは待っていて。あなたは本当の戦いなんて知りたがらなくてもいいわ」

 ルリは穏やかに言った。

「どうして、そんなこと言うの?」

「アイサを残すのは、これからの戦いのためだ。お前がいたのでは、シンは力を出せない」

「スオウ……」

 アイサは呆然とした。シンを見れば、シンはもう心を決めているようだ。

「それではスオウ、人員と物資は自由に使ってくれてかまわない」

 ロクショウが具体的な話に入った。

「その前に、ビャクは残るんだな?」

「次期長老としての役目がある」

 ビャクグンはスオウに答え、シンに言った。

「しばらくアイサのおもりは私がしよう」

「おもりですって?」

 憤慨するアイサをビャクグンは軽く笑って受け流した。

 シンはそんな二人を見て目を伏せた。どんな姿をしていてもビャクグンには人を引きつける魅力がある。

「そうと決まれば、シン、早速打ち合わせをしよう。出発は早い方がいい」

 スオウが立ち上がり、シンはスオウ、ルリ、そしてシャギルとともに部屋を出た。

(どういうこと?)

 アイサの気持ちを置き去りにして、一方的に話が決まっている。

「アイサ殿、あなたのことはビャクグンに任せます。ですが、時々私たちにお国のことを聞かせて下さいませんか?」

 フタアイがなだめるように言った。

「お望みであれば」

 アイサも席を立った。ビャクグンが後を追う。二人はエレベーターに乗り、あの豪華な部屋に戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ