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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
116/533

5.月は東に日は西に①

 マカベアから馬に乗った六人の旅人が行く。彼らには大きな灰色のオオカミが従っている。馬たちが怯えないのが不思議だった。

 その風変わりな一行を密かに追う二つの集団がある。

 一つはオスキュラ人の部隊。オスキュラの第一王子ドラトが放ったものだ。そして、もう一つはススルニュア人の部隊。こちらはオスキュラの第二王子リュトが放った追っ手だ。一度はマカベアでグランの仕立てた偽物を追った彼らだったが、再び一行に追いついたのだった。

 

 二人の王子は、彼らの父ディアンケが以前から幻の国を探し続けていたのを知っていた。その国が桁違いの富を持つと聞き、密かに自分たちもその国を探し求めていた二人は、パシパの神の雷を封じたのは、彼らの父親が探し続けた幻の国の者ではないかと疑っている。もしそうなら……病の床に臥せるようになった父王の後継者としてオスキュラの王座を巡って権力争いが始まろうとしている今、どちらの王子も相手に出し抜かれるわけにはいかなかった。

 彼らは神の雷が封じられたと知るや、パシパを出入りする者を慎重に調べさせ、疑わしい者を徹底的に追わせた。

 その探索に、第一王子ドラトは王都から直々に自分の手の者を、パシパとも深い関係を持つ第二王子リュトは、自分の支配下に組み込んだススルニュアの暗殺集団を使っている。

 グランは、かねてから幻の国があると疑われていた地のひとつだ。追跡している船がそこへ向かっていると知ると、彼らは躍り上った。

 既にグランに入り、その地を探っている手の者もいる。一行を追う二つの集団はそれぞれ互いの存在に気づきながらも、今のところ互いを牽制するよりは旅人を追うことの方を優先させている。

 オスキュラの手はクルドゥリの喉元まで迫っていた。


 二つの物騒な集団に追われながらも、一行の足取りは変わらなかった。

 彼らが向かっているのは西の森。

 街道から脇道に逸れた彼らの前に、深い森とその先にある山々が近づく。

 日が傾きかけていた。

「ケルビン王の屋敷を訪ねた時のルリの勢いでは、馬を走らせっぱなしも覚悟していたけど……拍子抜けするね?」

 シンが隣で馬を進めるアイサに言った。

 アイサは無造作に馬に乗っているようだが、その馬術はクルドゥリのみんなが舌を巻くほどのものだ。動物に働きかけるアイサの思念とその運動神経がそれを可能にしているのだ。今も馬に乗ることを無心で楽しんでいるように見える。

「もうすぐ駆けることになるわ」

 馬に夢中でシンの言葉が聞こえなかったアイサの代わりに、ビャクグンが答えた。


 北西の山々がいよいよ近くなった。

 細くなっていく山道の途中で馬を止めると、スオウは(ふところ)から小さな金属片を取り出し、それを夕日に向かってかざした。

 光が反射し、目の前に続く道とは別の道を示す。

 しかし、それは木や岩を通り抜けているように見えた。

「さあ、名残が消えないうちに行こう。アイサ、シン、木にぶつかると見えても、岩にぶつかると見えても、馬の足を(ゆる)めるな。駆け抜けるんだ」

 そう言ったかと思うと、スオウは先頭に立って馬を駆った。

「あの森は全てが本物というわけではないのか。一部、目くらましになっているのかな?」

 シンが呟いた。

「その通り」

 シャギルが答える。

「ちょっと面白そうね」

 アイサはいつかラビスミーナと行ったゼフィロウのアミューズメントパークを思い出した。

 そこの迷路はちょっとこんな感じだ。

 その場その場でヒントになるものを探し出し、それを示すことで道が生まれる。

「ハビロ、ついておいで」

 アイサはハビロに声をかけると、迷わずスオウに続いて馬を飛ばした。

「わっ、すごくいい度胸。シン、遅れるなよ?」

 シャギルが続く。

 瞬く間にシャギルの馬が加速した。

「全く、アイサったら、無鉄砲なんだから」

 慌ててシンが後を追う。

 ルリ、ビャクグンがこれに続いた。


 森に入った途端、シンはすぐ先を走っているはずのシャギルの姿が見えないことを不思議に思った。先を行くスオウやアイサの姿もない。馬の蹄の音だけが遠く、近く、こだまするように響いている。後からに森に入ったはずのルリとビャクグンの気配も感じられなかった。

 だが、シンは落ち着いて光が示す道を追った。

 空間が歪み、木や岩に衝突するように見えながら、近づくと、すんでの所でそれらがよけていくように見える。

(さっきは夕日が見えていた。でも、ここの時間は昼でも夜でもない。まるで時の狭間に落ちたようだ)

 何もかも忘れてしまいそうな心地よい疾走が続く。

 それは永遠とも、ほんの一瞬のこととも思える不思議な時間だった。

(これは……どこかで味わったような時間だ)

 シンははっとした。

 腰にある剣の二つの赤い石が光っている。

 ゼフィロウの剣がこの森に反応しているのだ。

(そういえば……シェキの洞窟の感じと似ている。シェキは聖なる地ではあったが、ゼフィロウに守られていた。そのゼフィロウの科学技術は人の脳に働きかけることが可能だし、それで様々な幻影を見せることもできる。とすれば……エア様やヴァン殿がこの剣に組み込んだ電子頭脳のナハシュにとって、ここは馴染みの世界だろう)


 突然シンの前方の視界が開けた。

 大きな門が見える。

 スオウとシャギル、そしてアイサは既に馬から下りていた。

 シンの後ろからルリとビャクグンが現れる。

 スオウが門に近づいた。

 この時、シンはアイサの剣に埋め込まれた二つの青い宝石がうっすらと光を持ち始めているのに気がついた。

 アイサの剣も門に反応しているのだ。

 シンは剣に宿るナハシュがざわめくのを抑え、焦って馬を下りて小声でアイサに言った。

「アイサ、だめだよ」

「えっ?」

 アイサがはっとしたと同時に、青い宝石の光が消えた。


 門の材質は滑らかで光を放っている。そして様々なレリーフと宝石がその門を更に輝かせていた。

(セジュのものと似ている)

 シンは門を見つめた。

 先程の金属片をかざしながら、スオウが門に向かって聞き慣れない言葉を唱え始めた。と同時に、門のレリーフの中に文字が浮かび上がった。

 シンは腰の剣の柄に触れた。

 スオウが唱え終わり、文字が消える。

 大きな門が静かに開いた。

「そう……か」

「シン、その剣……スオウの言っていることがわかるの?」

 剣の柄を握るシンに、アイサが小声で聞いた。

「うん。スオウはこの門にまつわる詩を読んだんだよ」

 シンは声を潜めた。

「そこには何て……」

「しっ」

 シンは近づいて来るビャクグンに目を向けた。

「私たちの言葉は、時が経ち、外の世界と関わるうちに変化したわ。でも、古い歌や詩は昔のままの言葉で今でも歌われ、(ぎん)じられるの」

 ビャクグンが静かに二人を見た。

「地上にも古の時代の国が残っている。ウィウィップの長老ピルムはお母様のことをバラホアの人と言った。お母様の生まれ育ったところも、ウィウィップやクルドゥリのようなの?」

 アイサは聞いた。

「私たちはバラホアのことを薄墨(うすずみ)の国と呼んでいるわ」

「薄墨の国?」

 ビャクグンはアイサに頷くと、門を通った。

 スオウ、ルリ、シャギルの後にシン、アイサ、ハビロが続く。彼らがすべて通り過ぎると、門は再び固く閉じられた。


 大きな門を通り抜けたシンとアイサが見たものは、山の内部をくりぬいて造ったと思われる広いホールだった。

「海の国と同じ人工の光だ」

 あたりを見渡しながら、シンが言った。

 美しい光が一行を迎える。

 この広間に柱はなかった。あの門と同じ、なめらかな材質の壁が広間全体を被っている。

 豪華なホールだった。

 天井は高く、ドーム型になっており、壁のレリーフは戦いに明け暮れる前の、地上の幸福だった時代を写しているようだ。

 海の国とはまた違った、高い文明が感じられる。

 シンはホールに目を奪われていたが、アイサはその先に姿を見せたクルドゥリの人々を見ていた。

 先頭に立つのは背の高い、高齢の男。

 その髪は長く、白い。

 その男がシンとアイサにお辞儀をすると、その後ろにいた人々のどよめきがドームに響いた。彼らはクルドゥリの四人に続いてホールに入って来たシンとアイサを見つめている。

 人々の先頭に立っていた男が歩み出た。

「クイヴルのシン殿、そして海の国のアイサ殿、クルドゥリにようこそいらっしゃいました。私はここの長老フタアイと申します。古の兵器ゲヘナを封じ、あの施設を破壊して下さったお二人を歓迎いたします」

 やわらかい物腰で、彼は言った。

「ありがとうございます」

 アイサが答え、シンは少し戸惑った。

「私は何もしていないのです」

「果たしてそうでしょうか?」

 すっとかすめた長老の視線が二人の剣に止まったように見えた。しかし、フタアイは親しみのこもった笑みを浮かべて続けた。

「まず、お二人はお部屋でおくつろぎ下さい。お話はその後でゆっくりさせていただきましょう」

「こちらへどうぞ」

 フタアイの傍にいた若い男がシンとアイサの前に進み出た。

「また、すぐに会おう」

 シャギルが手を振る。シンとアイサとハビロは、案内の者に先導されて広間を横切った。


 二人が去ると、あたりは大きな溜息やざわめき、そして興奮する人々の声で満ちた。

 フタアイが目の前に立つクルドゥリの四人に目を向ける。

「お帰り、ビャク、スオウ、シャギル、ルリ。よくぞやり遂げてくれました。ご苦労でした」

「フタアイ様、グランの王にクルドゥリのことお話になったのですね?」

 ルリがフタアイに迫った。

「ルリ、そのことについては、これからお話ししましょう」

 フタアイは頷き、四人を招いた。


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