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Bright Swords ブライトソード  作者: 榎戸曜子
Ⅱ.古の国
110/533

4.北へ④

 来る日も来る日も船はゆっくりとポン川を進む。

 アイサもシンも互いを相手に剣の稽古をするとき以外は、ゼフィロウの剣を使うことを(あきら)め、船長の用意した剣で稽古した。

 スオウやルリから学ぶことは多い。

 そして二人とも面倒見が良かった。

 シンがスオウと稽古をしていたので、アイサはルリと並んで川を眺めながら、ルリに聞いた。

「やっぱりこの船、見張られているの?」

「間違いなくね。あ、ビャクが帰ってくるわ」

「え? どこ?」

 岸辺にも川面にも何の変化もない。

「どうしてわかるの?」

「特定の場所で上がる煙や小さな光は合図なの。クルドゥリの人間ならわかるわ。この船でも船員が交代で合図を読んでいるの。ほら、あれ」

 船に向かって光が瞬いた。

「追っ手の一部が……グランに先回りしたらしいわね」

「危ないの?」

「心配ないわ。任せてちょうだい。それよりアイサ、あなた少し疲れていない? 剣の稽古もいいけれど、今のうちにのんびりしたら? 船を降りたら気が抜けなくなるから」

「そう言われてみると、セジュでもほっと出来る時間は少なかった。そうね、少し休んでおこうかな? いざという時に足手まといになりたくないから。ありがとう、ルリ」

 ルリと別れてハビロと一緒に船室に入ると、アイサはぐっすり眠った。


「もう稽古は終わりかい?」

 スオウとシンの剣の稽古を見ていたルリにシャギルが近づいてきた。

「アイサは休みに行ったわ。今頃よく眠っているはずよ」

「そりゃあいい。アイサは必要以上に悩まないところがいい。たいしたもんだ」

 シャギルは明るく笑った。

「明日はいよいよサマイトね」

 ルリが嬉しそうに言った。


 サマイトは木材の取引で賑わうグランの表玄関だ。

 オスキュラのパシパが乾いた土の香りと日差しの強さが印象的だったのに対して、こちらは東部と北部に大森林を抱え、空気が澄んでいる。

 建物は冬季の雪に備えて、石造りの頑丈なものだ。

 もうすっかり秋の様子を見せるサマイトでは、人々が長い冬に備えて着実に準備を始めているのがわかる。

 町のあちこちで毛皮や薬、燃料や保存の利く食料が売られていた。


 シンとアイサはビャクグンと一緒に町に出かけた。

 二人はすっかり商船の女主人の従者になりすましている。

「あれは何?」

 アイサは露店に束になって吊るされている物を指差した。

「あれはマランという果物だ。ああやって干したものは甘みが増す」

 シンが答えた。

「実際は食べたことはないんだけどね」

 シンは付け加えた。

 グランはクイヴルに比べて果物の種類が乏しいが、このマランだけはあちこちで目にする。

「食べてごらんなさいよ」

 近くの露店でビャクグンがマランを買い、二人に渡した。

 二人は切って乾燥した赤いマランの果肉を頬張った。

「酸っぱくて……思った以上に固いわ」

 アイサが言った。

「これ、何か食べ方があるんじゃない?」

 シンも言った。

「お酒に漬けたり、はちみつと煮たりすると美味しいのよ」

 ビャクグンが笑った。

「ふうん」

 それからアイサは、何気なく小屋の一つで売られている毛皮を見て立ち止まった。

「あの毛皮って」

「ああ、オオカミだ。グランにもオオカミがいるからね」

 シンは頷いた。

「なんとなく……ハビロをスオウのところに置いてきてよかったわ」

 複雑な顔をするアイサにシンが聞いた。

「そういえば君、毛皮は見たことない?」

「あるわ。博物館でね。祖先が運んだ動物の中には毛皮がとれるものもあるけど、セジュは気温なら調節されている。観光地でない限り、毛皮を着なければならないほど寒い場所はないと思うわ。それに、別の繊維が開発されているから、まず見かけない。ファッションとして使われることがあるくらいだわ」

「やはり、ずいぶん違う」

 呟くシンにアイサは首を振った。

「見かけの上だけかもしれないわ。私たちの世界では命のやりとりがよく見えないだけ。同じ人間なのよ」

(穏やかなセジュの国で、私には見えていなかった人間のもう一つの姿がここにある。シンはこの中で新しい世界を創っていかなくてはならないのだ)

 アイサはビャクグンについて露店を覗くシンを眺めた。


 サマイトの街を見物して戻った三人は、宿の前にあった馬車に目を止めた。

「準備が出来ているようね」

 宿のホールにいたスオウにビャクグンが声をかけた。

「いつでも出られるぞ」

 スオウが頷く。

 その傍らからハビロがのっそりと姿を現した。

「馬車で行くの? 馬じゃなくて?」

 アイサはスオウに聞いた。

「馬車で行くのはビャクとシンとアイサ。スオウが御者をやる。俺たちは馬だ。ああ、ハビロも馬車な」

 ルリと買い物に行っていたシャギルが割り込んで、ハビロの頭を撫でた。

「揃ったな。そろそろ行くか」

 様子を窺っていた店の主に頷き、スオウは立ちあがった。


 スオウが馬車の扉を開けると、ビャクグンが気取って乗り込み、シンとアイサとハビロが続く。

「グランの都マカベアまで行ったら、馬車から馬に乗り換える」

 扉を閉めながらスオウが言った。

「ここグランでも検問が厳しくなっているわ。ここまでオスキュラの兵が入り込んで、旅人を次々と足止めしている。オスキュラはゲヘナの炎を封じ、パシ教の総本山を爆破した犯人たちを捕らえようと必死だわ。用心のために、シンとアイサはいつでも姿を消せるようにしておいたほうがいいわね」

 ルリが言った。

「ああ、俺たちの船を追っていた奴らは、ここでも相変わらず俺たちを見張っている。しばらくこのまま泳がされるか、それともめぼしい検問でとっつかまるか……さて、どっちかな?」

 シャギルはおもしろそうな顔をした。

「捕まえられるかしら?」

 ルリが不敵に答える。

「まあ、どっちでもいいわ。まず、街道をまっすぐ、マカベアまでね」

 ビャクグンが言った。

「そういうことだな。楽しい旅になるようにいろいろ揃えたよ。グランの味覚がいっぱいだ」

 シャギルは馬に括り付けた大きな荷物を指差して陽気に言った。

「ピクニックみたいね」

 アイサも嬉しそうだ。

「マカベアまで日数がかかる。食事は基本だ」

 スオウが御者台に上がると、彼らは意気揚々とマカベアに向かった。


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