3.ファマシュの客④
ゼフィロウ城の外観は近代的な街に比べると古風なものに見える。しかし、その内部は、デザインこそ外観とバランスを取ってはいるが、建築材料はもちろん、ドアや窓のしくみ一つを取ってみても、シンにとって未知のもの、そしてゼフィロウの技術の粋を集めて作られたものだった。
塵ひとつなく磨き上げられた城の廊下をハニヤスは慣れた様子で歩いていく。その先に現れる扉はすべてハニヤスを歓迎するかのように自動で開く。すれ違う者も皆、ハニヤスに敬意を込めて会釈をした。
シンのいた客室は城の上層にあったが、ハニヤスが向かったのは城の下の階のようだった。豪華な装飾が減って、やがて迷路のような一角を抜け……ハニヤスは目立たない扉の前で立ち止まると、それを自分の手で開けた。
シンはしばらくその室内に見入ってしまった。
ゆったりとしたソファーにファマシュ家の人たちがくつろいでいる。
エアの表情は柔らかく、ラビスミーナも警備の服を身に着けていない。普段着のズボンにシャツだ。
アイサはエアの顔を小さな子どものように覗き込み、ラビスミーナがアイサに何事か話しかけている。
ヴァンはゆったりとした服でソファーに横たわり、三人を眺めている。
テーブルには茶器が置かれ、大きな窓からは柔らかい春のような光。
青い空も見える。
優しい風が美しいレースのカーテンを揺らし、庭には小川が光り、若い緑が眩しい……
それは一枚の絵を見ているようだった。
「シン」
アイサが微笑んだ。
「邪魔するよ」
ハニヤスは言い、ヴァンが身体を起こした。
「お目覚めかい、シン? ハニヤス、久しぶりだね? こちらへどうぞ」
ヴァンが二人にソファーを勧め、茶の用意をしようと立ちあがった。
「お前も父上もお疲れだ。私が入れよう」
ラビスミーナがヴァンを止め、アイサがキャビネットからカップとソーサーを二客取り出し、それから、それにまた、もう一客加えた。
ドアが開く。
「そろっておるな」
大巫女が微笑みながら部屋に入って来た。
「シン殿、ここがファマシュの部屋じゃ。ファマシュ家の者と、わしらぐらいかのう、ここへ来るのは」
大巫女はラビスミーナの注いだお茶を受け取り、ハニヤスの隣に腰掛けた。
「ファマシュは研究や、ここぞと思うときにはとんでもなく金を使うが、自身は質素を好む」
ハニヤスがお茶をすする。
「ハニヤスの言う通りだよ、シン。早く君に見て欲しいな、エア様と僕の力作の……」
「ちょっと待て、ヴァン。その前に……シン殿、私たちは君を喜んでこの家に迎える」
ラビスミーナがシンにお茶を渡しながら割り込み、シンは驚いた顔をしてラビスミーナを見上げた。
「ただし、この家に害を及ぼさない限り、だろ?」
ヴァンが付け加え、ラビスミーナが厳しい顔をする。
「当然だ、ヴァン」
ヴァンが笑って肩をすくめて見せところで、エアが一振りの剣をシンに手渡した。
「持って行きなさい。役に立つだろう」
「エア様……?」
その剣は、はじめはずしりと重かった。だが、たちまちシンの手に馴染み、シンはその重さを全く感じなくなった。
シンは不思議そうにエアと、ヴァンを見た。
「さあ、これで登録は終了だ。この剣は君にしか使えない。これは剣としても決して刃こぼれしない最高の剣だが、君の呼びかけに応じてシールドをつくり、火を放ち、風をおこす」
ヴァンが得意そうに説明する。
シンはまじまじと剣を見た。
柄には赤い石が二つはめ込まれている。
シンはそれをじっと見つめた。
「ファマシュの赤い目。それはファマシュ家の紋章だ」
ラビスミーナが言った。
「蛇の目のようだ」
シンが呟くと、エアが頷いた。
「その目はお前のことをよく知っている」
「この赤い石が……ですか?」
エアの代わりにヴァンが身を乗り出して言った。
「そうだよ。シェキの洞窟で得た君の情報がインプットされている。君の思念も読み取れる。君に答えることも出来るし、君に話しかけてくることもあるだろう。ただし、それを利用するのはあくまでも君だってことを忘れないでね」
「そろそろ時間だな、アイサ」
エアがアイサを振り返り、ガルバヌムが聞いた。
「アイサ、いいのだな?」
「ええ」
アイサはきっぱり答え、シンが控えめに言った。
「身勝手なお願いですが」
「いや、二人とも心のままに、己を信じて行くがいい。そうじゃ、アイサ、わしからはこれじゃ」
大巫女は細い銀の指輪をアイサに渡した。
「一度は母との縁のため、そして、もう一度はお前を助けたというこの者のため、お前が地上に行くことを許す。だが、三度目はないぞ? これは地上からお前をセジュに運び、ここに連れ帰る。ただし、一度限りじゃ。向こうの世界に留まるのも、こちらに戻るのもお前の考え次第だ」
エアが頷く。
「お前はどうせ納得のいくまでシン殿につきあうことしか考えていないだろう? お前が納得するまでシン殿に付き合ったら……その後のことは、それから考えるんだな」
「シェキの洞窟から無事戻った時にこうなることはわかっていたが……仕方ない、アイサ、これを持って行け」
ラビスミーナがシンのものとは違った細く優美な剣をアイサに渡した。
「これは? 姉様の剣じゃないの」
「ああ、お前が地上に行ってからヴァンが作ったものだ。ただの剣ではない」
「これは持ち主を守るための剣だ。指輪の技術をヒントに、いろいろ試してみたんだ」
ヴァンが言った。
「ヴァンの許可は貰った。シン殿の剣と同様、持ち主しか使うことの出来ない剣だ。お前を主人とするようヴァンに登録し直してもらってある」
「俺たちの代わりに君の側にあるように。シンの剣とは威力は違うが、俺の傑作であることには間違いないよ。持っていってくれ」
「ありがとう、ヴァン、ラビス姉様」
「さて、行こうかの」
お茶を飲み干したガルバヌムが一同を見回した。




