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act.54

 大変お待たせしました

 スデニアドエン・ツロク……この大陸の言葉で、運命の終わる岩地、を意味する言葉だ。殺風景で風の強いこの岩場は、確かにその命を終わらせることを連想させる。数日後。あるいは明日かもしれないが、レム達が来た時点で、俺の「運命」も終わる。少しキザったらしいかもしれないが、自分の死に時くらい少し恰好つけたいものだ。

「ライには頼んである、奴らが来ないこともないだろう」

 風にかき消されるほどのひとり言。レム達が来るまでの猶予。少し長い走馬灯を見ることができるといいが……



 一度晩を過ごし、いい塩梅に体も休まった。それほど消耗していなかったのもあるけれど、何より落ち着いたから覚悟がついた。諦め、というのかもしれない。今日ですべてが終わる、もう後戻りできないことへ。風向きが少しずつ変わっていく。混じって、魔力のピリピリとする気配も肌で感じられるようになってきた。


「イチカワ……タクミ……やっと追いついた……!」

「来たか。遅かったじゃないか」

 隠す気のない気配と魔力。微かに弾けるような音を立てながら陽炎と共にレムが持っている双剣を炎が包んでいた。レムの怒りを象徴するように、普段の準備段階の炎とは明らかに違う気配で発現していた。流石のプレッシャーだ。それに押されそうになるが、どうにか堪える。

「良かったな、間一髪だ。あともう半日遅かったら、王国は無くなってたぜ」

「一体、何のつもりだ……?」

「何のつもり……?」

 あざ笑うように聞き返す。向こうも恐らく分かりきっているはずだが、俺の口から直接聞きたいらしい。

「何故王国を裏切った? 王国を攻撃しようとする!?」

「なんだ……ニライアスから聞いてないのか?」

「な……?」

 目を丸くしたレム。察しの悪い奴だ。

「知らないとでも思ったか? ニライアスが情報を流したのはな、ここに連れてくるためだ」

「…………?」

 全くもって察しの悪い。直接言わないと分からないらしい。今度は目を細めて黙ったレムに、直接的に言ってやる。

「わからないか? お前達がここに来るように、敢えてあいつに情報を言うように言ったんだ」

「……つまり、まんまと掌で踊らされたということか……」

「そういうことだな」

「一体なぜ……? 私達をおびき出さずとも、王国を壊すことが出来たはずだ」

「簡単な理由だ。お前達を先につぶしておきたかったんだよ。いつ来るか分からない不安因子を残すより、こうやって少しでも確実に来るようにすれば、俺は迎え撃つことが出来るという寸法さ」

「……相変わらず頭の働く……」

 ぶっちゃけた話が、不安なのは確かだ。だからレムが万が一俺に負ければ、きっと第二派三派が来るだろう。そういう意味でも保険ではある。

「そうか? まあとにもかくにも、お前達が思惑通り来てくれて俺は助かったぜ。これであとはお前達を潰して、王国が察知する前に先手をうつだけだ」

「させるものか! 貴様の計画、ひとつ大きな間違いがあったと後悔するがいい!!」

「やれるものならやってみな。ただ……手加減はしない! 命をかける覚悟でかかってこい!!」


 ナイフとハッシュパピーを抜いて風を起こす。俺の中距離での基本的な戦闘スタイルだ。とはいえ、手合せの時には基本封印していたから、最近の戦いで勘がどれだけ取り戻せているのか不安ではある。腰を落とし、つま先にわずかに力を入れる。

「行くぞ……!」

 地を蹴ると同時に風を吹かせて急加速する。同時にナイフを横に薙ぎ、逆手に持ったそれがレムの剣と火花を散らし合う。流石に大きさが違いすぎた。腕は俺の後ろへ弾かれ、わずかではない痺れが走る。だが、ここでレムの火炎が来るのはいつもの事であり分かりきっている。後手に回ることなく風を前方に集中させ、炎をかき消すと同時に雷の弾丸を放つ。刀身で弾かれたのを確認した直後、交差するように迫る両の刃を回避しようと、一瞬だけ身を引いた。

 こちらの回避行動は読まれていたらしい。いきなりレムの左手がフリーになり、俺の肩を掴もうと伸びる。だが、武器を手放す時間は、俺が後手に回って対応するのには十分な隙だった。左手が肩に届く寸前にどうにか掴み、レムの体が宙を舞う。掴んだ左腕を思い切り引っ張り、地面へと叩きつけようとしたが、流石というべきだろう。背中や頭からではなく足を使って着地し、あろうことか蹴りまで繰り出してくる。考える間もなく後ろに跳び、距離をとる。

 流石に練度の差が出たらしい。あれで少しはダメージになると思ったが。とはいえ、CQC技術的に言えばまだ俺の方が上だ。

「残念だが、CQCに関しては俺には勝てんだろうよ」

「そのようだ……だが、勝機がないわけではない」

 薄く、だが大規模に炎の波を起こすレム。津波を思わせるほどのそれだが、薄すぎる。風を放ち一気に掻き消すと、こちらの脇に回り込もうとしているレムが、一気にこちらへ迫るのが目に映る。低い位置からの一撃を背をそらしてかわす。いつの間にか拾っていたもう一方の剣が襲ってくるのが見えた。これは……まずい。

「くうっ!」

 咄嗟の判断だった。そらしていた上体のまま剣を持った腕を蹴りあげて軌道をそらしつつ、こちらは地面へ倒れ込む。が、倒れ込んだままでいるほど馬鹿じゃあない。すぐに後ろへ跳ぶように起き上がる。

「悪いな、単純な戦闘技術だって、この数年ずっと戦いの中にいたおかげで上達したぜ?」

 完全なハッタリ、というほどではない。実際に数年も実戦をやっていれば、ある程度は嫌でも上達するというものだ。とはいえ、流石にレムやその部下に勝てるほどじゃない。俺が勝てるのはあくまでCQCや魔力のおかげだ。とはいえ、ここはハッタリをかけるのが良い手段だろう。

「まだだ!」

 炎を纏わせた両の剣で斬りかかってくる。風を纏わせたナイフで弾くが、魔法越しでも重量差のハンデが大きすぎる。上下左右様々な方向から迫る刃を、時にはかわし、時にはナイフで受け流し、首の皮一枚で捌き続ける。とはいえ、今の状態を保たれればいくら何でも俺の体力が保たない。向こうもそれは承知の上だろう。ならば、分が悪くても俺には賭けに出る必要がある。僅かに纏わせる風を強め、ハッシュパピーを交える隙を作る。余裕が出てきた――――そんな考えが無意識的に出てくるはずだ。そして。

「ここだっ!」

「かかったな!」

「ッ!?」

 左手のナイフが火花を散らした瞬間、腕を後ろへ弾き飛ばされた。そう誤認したレムが、思い切り脇腹へ蹴りを突き刺してくる。だが、見える。左腕を素早く引き戻し、その足を受け止める。風のクッションで痛みはほとんどなかった。そのまま足と交差するようにレムの右肩を掴み、剣を放り応戦を試みたレムのバランスを即座に崩す。反応速度は速かったが、一歩及ばなかった、と言ったところか。地面目がけ背を叩きつける。

「かはっ!」

「はぁっ!」

 追撃の雷を纏わせた拳は流石に当らなかった。いや、当たってもらっても正直な話困るのだが、それで剣を回収されるとまでは思わなかった。やはり、戦闘技術は俺とは比べ物にならない。立ち上がるレムに合わせハッシュパピーのトリガーを引く。剣を振るって弾かれたと思えば、それは炎を放つ動作を兼ねていたらしい。一瞬焦ったが、そのままハッシュパピーのトリガーを引く。今度放たれたのは風。火球をかき乱し、霧散させる。

「これはどうだ?」

 距離を離した。それが失策そのものである。俺とレムの中距離で何が違うかと言えば、無論魔力量からくる火力の差だ。見せつけるように雷で形成した巨大な槍を投げつける。魔法の槍は槍投げの方法なんて知らない俺が投げてもまっすぐにレムへと迫る。レムの体と同じくらいの太さを誇るそれが地面へと突き刺さる。直前に回避に成功したらしいが、その直後レムの表情は驚愕と絶望に染まる。それもそのはずで、今投げたのと同じ雷の槍を、風で浮遊しながら俺の周囲に数十本単位で展開しているのだから。魔力無尽蔵だからこそできる荒業だが、こうでもしなきゃ奴は止まらない。

「ははは、こんだけありゃあ神殺しだってできるかもな。差し詰め、ロンギヌス(神殺しの槍)といったとこか……あるいは勝利を確約し、手元に戻ってくる(再召喚できる)からな、グングニルでもいいか?」

 魔力量の差。埋められないその差を見せつける。笑みを浮かべ、これ見よがしに腕を大きく振るう。弾幕を形成し、雨のようにふりそそぐ雷の槍。一本目こそ横っ飛びでかわしたレムだが、俺の魔力量と先程俺が言った事から、避け続けても意味がないと分かっているのだろう。俺が風で浮遊していることを生かしてか、俺の方へ全力で突っ込んでくる。次々と生成した槍を投げつけるも、レムの勢いは止まらない。

「チッ! おらぁ!」

 全ての槍を投げつける。爆発に近い音と土煙が巻き起こるが、その土煙を切り裂いてレムが出てくる。更に前に飛んだのか……それ以上考える暇もなく、着地と同時に俺がすっぽりとはいってしまいそうなほど巨大な火球を発生させ、こちらへ突撃させる。

「チィッ!」

 風を咄嗟に巻き起こし、火球を掻き消す。しかし、爆風は俺の体を煽り、風で滞空できないほどに体勢を崩す。そこへ、先ほどよりも更に大きな火球が飛んでくるのがみえた。こちらへ走り出すレムの姿も。

「はああぁぁぁぁぁぁっ!」

 ヤケクソにも近かった。今回の戦闘でも最も強い風を開放し、クッションと炎への防護を兼ねる。そしてもちろん、レムの進路妨害も。地面へ軽く触れるようにして着地、体勢と乱れた呼吸を整える。

「はーっ、はーっ……危なかったぜ。魔法(コイツ)ばっかりに頼ってちゃ勝てない、ってわけだ」

「くっ……」

 レムに焦りの表情が浮かぶ。汗も、今までの戦いで体が熱を持ったからだけではないものが含まれている。先程の火球で魔力を大量に消費したことによるものだろう。

「さあ……仕切り直しだ。行くぞ!」

 再度風の塊をぶつけ、体勢を崩したところへ雷を応用した初速を強化した蹴りを放つ。腕でガッチリとブロックされた。風で重圧をかけるが、間に合わず押し返される。同時に何か言いようのない、悪寒に近い気配を感じ、その腕を蹴る力を利用して後ろへ跳ぶ。予感は的中、交差させるように下方から刃が二筋、俺の皮一枚を通り抜ける。ハッシュパピーからは風を、ナイフからは雷を撃ち出し、レムの足元で爆破させる。着地の隙をそれで消した瞬間、地を掴んだ俺の足は一気にそれを蹴り、煙の方へ突っ込む。同時に、レムも距離を詰めてきていた。取った! 読みが当たりそう心の中で叫んだ俺は半ば無意識的にレムの腕をとる。捕った右腕は捻って外され、膝蹴りとそれを止めた直後の拳打が迫ってくる。瞬間的なその出来事に対し、俺の反応も本能的なものだった。懐へと突っ込み、膝で蹴り上げる。

(まずった!)

 だが、その膝は迂闊だった。膝はキッチリと受け止められ、押し返されてバランスを崩す。やはり本能的に、反射的に、今度は脚がレムの脇腹を捉えに動く。同時にレムの肘が迫り、脇腹へ俺の足が。胸部へレムの肘が同時に直撃する。だが、体勢がキッチリと整っていなかったため、どちらも決定打にはならない。刹那の間時が止まったかのような静寂を挟み、俺達は距離をとる。

「くそっ、しぶといもんだ」

 正直、魔法で押し切れると油断していた節はある。完全な油断だった。魔力と体力はまだ余裕があるが、率直に言ってしまえば集中力が落ちてきているのが分かる。先ほどの膝蹴りがいい例だ。魔法で押し切るために、もう少しデカイのを最初からぶっ放すべきだったのかもしれないが、今となっては手遅れもいいところだ。ならば。

「次で決めてやるよ……」

「…………」

 ハッシュパピーとナイフを納める。そして風と雷の魔力を大量に拳へと集中させる。辺りは風で小石が舞い、走る雷の筋が岩肌の地面とぶつかる。向かい合っていたレムも剣を一振りに持ち替え、ありったけの魔力をつぎ込んで発現させ始める。炎熱をここからでも感じるほどに。嵐が吹いているのではないかと錯覚させるような、溢れ出る魔力の渦に包まれ、わずかに緊張を走らせる。俺達はほぼ同時に駆け出し、必殺の一撃にかける。

「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ぶつかり合ったその瞬間、辺りを爆音が奔った――――

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