act.53
デーリムと共に魔王の間で待ち構える事しばし。既に、魔王の間直前の広間では、5名ほどの部隊が待機している。配置した奴らはそれなりの精鋭だが、正直「どの程度持ちこたえることができるか」くらいなものである。とはいえ、本気でレム達を倒そうとしているわけではないから、それでもかまわない。気にするべきは、時間が経ちすぎれば合流した奴らに「見られる」危険性が増えるということだ。
重厚な扉越しに、外で爆発のような音を聞く。始まった、と察するのに時間はかからなかった。デーリムと顔を見合わせ、軽くうなずく。ここのところ、デーリムとの腹の探り合いもあったせいかずいぶん時間が経つのを早く感じていた。終わりの時が近い。そう実感するからかもしれない。爆音がまだ鳴り止まぬ中、魔王の間の重厚な扉が音を立てて開く。一気に外の音も流れ込むが、それもつかの間。剣を構えつつ中に入ってきたレムの背後で、再び扉は広間と魔王の間を遮断する。
「来たか」
「フン、今度は無様な負け姿だけは晒してくれるなよ?」
身構えるレムの体に力が入りすぎているのが、素人目でも分かる。俺は風を纏い、レムの背後へ飛んだ。
「フフ、そう身構えては……体が動かんぞ?」
「ッ!?」
ギリギリで反応したレムは、振り上げた蒼鬼を皮一枚の差で辛うじてかわす。カウンター気味の横一閃、そして追い討つように左腕での追撃。俺はそれを体をひねってかわす。余裕の表情を取り繕ってい入るが、冷や汗が背筋に走った。直後、デーリムが振るう闇の魔力で形成された鞭をレムが回避した。
「腕は上がっているようだな?」
「鍛えすぎも困ったもんだな。デーリム、恐らく外で怒ってる小競り合いもそうそう長く保たないはずだ」
「ああ、所詮は時間稼ぎだからな」
風の魔力で再びデーリムの下へ飛んだ俺に、デーリムが話しかける。それに応じ、時間が無いことを再確認した。そしてレムへ向き直る。
「と、いうわけだから、とっとと決めさせてもらおう」
今度は雷を使って、直線的な高速移動でレムへ肉薄する。蒼鬼を横一文字に薙ぎ払ったのを屈んで回避、直後火球を放たれる。こればかりは焦った。即座に風を放ち打ち消すが、正直言うと死ぬかと思った。俺も不死身じゃあないからな。
風で打ち消したはいいが、追撃はこわい。一度距離を取り、その空いた空間に上空からデーリムが闇の球体を放つ。数多の球体すべてを回避して見せたレムは、薙ぎ払うように炎を放ってきた。あれは当たったと思ったんだがなぁ。とはいえ、ここではそれは「俺にとっては」好都合だから良い。レムは一度距離を取るべく後ろに跳んだ。2対1というこの状況下では適切な判断だろう。しかもこちらは光と闇持ちだ。すべての魔力飲み込むこの属性相手では、普通に戦っては分が悪い。
が、俺としてはこのまま時間だけが過ぎていくというのはとてもよろしくない。気合一閃、横一文字に蒼鬼を振ると同時に、光の刃がレムめがけ飛んでいく。屈んだと同時に、剣先から炎を放つ。デーリムが巨大な闇の障壁を形成し、炎を飲み込んだ。その障壁は、デーリムの意思で持続も消滅もできるらしい。手で障壁を操作するデーリムにアイコンタクトを送った俺は、蒼鬼に光の魔力を溜める。今度は横一閃ではなく、めちゃくちゃに蒼鬼を振るう。振るわれるたびに蒼鬼から光の刃がレムめがけて飛び、小規模な弾幕を形成する。器用に潜り抜けるように光の刃をかわしていくレムに、追い打ちでデーリムが闇の弾丸を乱射する。刃と干渉しないように小さく、しかし高速な弾丸は、レムの逃げ道を塞ぐ。それでもレムは回避しつづけ、終いには反撃に転じ始めた。飛び交う炎を回避することが必要になったから、こちらの手数も減ってしまう。そうするとレムが炎を放つ余裕も増えて――――ああ、こりゃまずい。
「デーリム。そろそろ決めておくぞ」
「ああ……では行くぞ」
デーリムが、超広範囲に闇の津波を形成した。部屋全体を覆うような大きさのそれは、密度は大したことが無い。それに気づいたらしい。レムが火球で一瞬穴を空け、迫る闇の津波をやり過ごす。が、甘い。
「俺を忘れてないか?」
「がっ!?」
風と雷を纏った、重い蹴りをレムの脇腹に直撃させる。常人ならば不可能な威力の蹴りは、レムを軽々と吹き飛ばして背後の柱に直撃する。地面に座り込むように落ちたレムは、既に行動できるほどのものではない。肺から空気が押し出され、呼吸すらまともにできないはずだ。
「チェックメイトだ」
「トドメは俺が刺す。いいな?」
「魔王殿下の仰せのままに」
「フン、殿下……ね。そんな口調で呼ばれてもな」
仰々しくデーリムを呼んでみせる。その皮肉に答えつつ、靴音をたてながらデーリムハレムに歩み寄る。うめき声と共に、抵抗の意思を見せるレム。だが、体はとてもではないが動かせる状態じゃない。
「さて……どうやって始末してくれようか?」
「手足を一本ずつ切り落とす、とか」
「それはいい。では、まずその左脚からいただこうか? あっても無くても、もう逃げる体力はないだろうがな……あいつの風や雷を纏った蹴りを2発ももらったんだ、意識が残ってるだけ大したもんだ」
「そりゃそうだ。意識が残る位には加減したからな。その方が面白いだろ? ……とはいえ、並みの奴等じゃ気絶じゃ済まない威力はあったが」
「そうか。そりゃ有り難い……では――――」
ゆっくりと。その禍々しい細身の巨大な剣を掲げるデーリム。それまで一切負ける気を感じさせなかったレムの瞳に、恐怖の色が混じる。それを見たデーリムは、今までよりわざとらしく、よりゆっくりと剣を振り上げる。その剣が頂点に達した時――――
「まずは一本――――!?」
振り下ろされる直前。俺は雷の加速力でデーリムへ急接近。蒼鬼が的確にデーリムの右腕を捉えた。鮮血のアーチが剣筋を追う。剣を持っていた右腕が鈍い音を立てて落下し、直後に重い金属が床で音を立てた。
「なっ――――」
「はーいそこまで。悪いね、デーリム『元』魔王さん」
口角が吊り上っているのが自分でもわかる。右腕をいきなり切り飛ばされ、バランスを崩したデーリムの背中へ、蒼鬼を一切躊躇なく突き込んだ。貫通し、腹部から突き出た刃から、デーリムの血が滴る。
「カ……ハッ! くっ、は、図ったな……!」
「『誰にも怪しまれずに魔王の位を継承する』ただ唯一のタイミングだからな」
「くっ……くそぉぉぉっ!」
「じゃーな。せめて……これ以上は苦しまずに逝け」
滑らせるように蒼鬼を引き抜く。上段に振りかぶり、おびただしいほどの紫電を纏わせ、振り下ろす。背後からばっさりと、真っ二つになった。とたん、デーリムの体から現れた球体に気付いた。
「……これか」
その球体は俺の目当ての物だ。色の無い球体だが、その禍々しくおびただしい闇の魔力は、球体を黒に錯覚させる。そう、デーリム達魔王が受け継いできた、魔王の闇の魔力。それを俺は、躊躇なく体に引き寄せる。すり抜けるかのように体に入ると、俺の中で確かに新たな魔力を感じた。
「クク……これでいい。さて……」
レムの方へ向き直る。先ほどよりも強い恐怖の色を瞳に感じた。
「お前はまだ殺さない。分かるだろう? お前は英雄となるのだ――――魔王をその手で葬った、というな。だが、それだけではない。お前はもう一つ、肩書を追うこととなる。魔王の力たる闇の魔力を俺、イチカワ タクミに奪われ……新魔王を生んで、それにやられてしまった、とな」
ようやく、俺の意図が分かったらしい。レムに魔王殺しをなすりつけるという意図が。本来ならここでレムを殺しておく方が後々立場的に問題ないのだろう。だがまあ、あと一歩のところで逃げられたとしておけばどうという事もあるまい。
「じゃあな。もっとも、お前は俺を追ってくるのかもしれんが……いつでも受けて立ってやる。死の覚悟を以てして来い。だが――――急いだほうがいいぞ? この前のような惨劇を繰り返したくなかったらな」
ああ、ちょっと露骨すぎたかな? まあいい。どうせ意識が朦朧としててよくわからないはずだ。そう思い込んで。俺は闇の球体をレムに投げつける。体が投げ出されたのを見て、俺は空へ飛んだ。さあ、これで最後だ。
いやぁぁぁああああっと投稿できた……お待たせいたしました。次もまた少しかかると思われます。どうぞ長い目で見守っていただけたらと思います。