act.52
ここ数日、俺はただただひたすらに仕事をこなしていた。端が擦り切れたバンダナをたなびかせ、蒼鬼とハッシュパピー、そしてCQCナイフを手に戦場を駆ける。風と雷で王国軍兵を吹き飛ばし、光の魔力で攻撃を無効化する。その繰り返しだが、魔力無尽蔵の俺がそれをやるってことは周囲の地形すら変わりかねないってことでもある。自分で言うな、と思うかもしれないが事実だから仕方がない。そんなことを考えながらもただひたすらに兵士達を吹き飛ばしていく。
「キリがないな……いや、自分から移動してるからか……?」
魔王……デーリムに言われて戦場に飛んでは戦場を魔王軍側に大きく傾けて、また次の戦場へ……そんなことをしているのだから、キリがないのも当たり前というものだ。
「クソッタレ……とはいえ、あと少しだ。あと少しで布石は揃う……ライとレムがそろそろ着く頃だろうし」
俺の算段ではライとレムの進行具合を利用して、デーリムを騙し、引きずりおろす。そして俺が取って代わる……まぁ、上手くいけば、と言ったところだ。出来なければ他のプランにシフトするまで。そんなことを考えていたら、既に日は傾き始めていたらしく空が朱色になっていたことに気付く。同時に、王国軍が撤退に移っていることにも気付いた。
「……こんなもんだろ、拓海。そろそろ帰還しようぜ」
いつの間にか隣にいたゼウスが話しかけてきた。そういえば魔王軍に移ってから、直接話すのがえらく久しぶりな気がする。ああ、とだけ返事を返し、一度大きな落雷を起こしてから魔王陣営に飛ぶ。そして王国軍が撤退を始めたことを告げ、戦線を離脱すると相手に反論の間もなく告げた直後、長いひげを煽らんばかりに一気に風と共に地を蹴って魔王城めがけて飛ぶ。高いところを高速で飛ぶために毎度毎度寒いのだが、いい加減慣れるしかないのか、と心の中でげんなりする。スニーキングスーツの特徴である防寒力がある程度寒さを和らげているが、風で周りを覆っていなければ恐らく俺は既に凍死しているだろう。
「そういえば……ゼウス、聞こえるか?」
ふと思いだして、無線機のスイッチを入れる。ゼウスが出るまでに時間はかからなかった。どうした? と訪ねてきたゼウスに、俺は先ほど持った疑問をぶつける。
「なぁ、なんでさっきいきなり顔を出した? ここ数日はしばらくお互いに連絡しなかっただろ?」
「あぁ……なに、特に用が無かったからな。話し相手になるならそんなことを考える必要はなかったんだが。それに、王国軍にいた時とは違ってまだ俺達の存在は知られていないんだ。見えない奴と話してたらブキミだろ?」
「……それもそうだな」
そう、ゼウスとテュポンは俺と、ゼウス達が姿を周りに見せようとしたときしか見えないという特徴がある。確かに傍から見たら一人芝居をしている「イタイ奴」にしか見えないだろう。
「納得できる理由で安心したよ……とはいえ、心配だった、ってわけでもないんだが、何か理由があるのかと思ってな」
「それは悪かった。で、首尾はどうだ? 大まかな様子は分かるんだが、お前が引きずりおろそうとしてるやつの顔までは見えなくてな」
「近づけばいいだろうが……まぁ、今はまだ信じているようだ。後は布石が揃うまで待てばいい。奴は確実に始末する……全てはそれからだ」
そうこうしているうち、魔王城が見えてきた。相変わらずの紫色の派手で目に悪い外見は、沈みかけの陽に照らされ一層の嫌悪感を抱かせる。そんなところに入っていかなければならないのだから、毎度ながらあまりいい気分はしない。とはいえ、それももうしばらくの辛抱だ。計画を勧めさえすれば、あとは俺の好きな場所に移動できる。後で、その場所も決めておかなきゃならないな。ゼウスかテュポンなら、この国の地理も知っているだろうし、相談してみるか。そんなことを考えつつ、いつも通りテラス部分から魔王城に入る。すぐに魔王の間につながるここから出入りを許されるのは、ごく一部に限られている。それだけ信用されている、ということならよかったのだが、奴もこっちの腹を探っているはずだ。駆け引きの一環として、テラスからの出入りを許しているのだろう。
俺の体数人分はあるような扉を開けて中に入ると、いつも通り広大な部屋の中央にある椅子に座ったデーリムが、テーブル越しにこちらを見ていた。
「やはり早いな。ご苦労だった、タクミ」
「労いの言葉、感謝します魔王殿」
お互い皮肉前回の挨拶をかわす。ここもいつも通り。とはいえ、ここ数日の事なのだが。しかし、そのたった数日のいつもどおりは、あっけなく終わってしまった。
「順風満帆、と行きたいところなんだがな。つい先ほど、ある知らせが届いた。ここからほど近い、武器の倉庫をメインとした施設がある」
「ああ、確か『D-104』ってとこがあったな。そこがどうかしたか?」
「潰されたんだよ。王国軍の兵士にな」
「……確か、この前も吹っ飛んだな。この前、王国を爆撃した時だったか」
「正確にはその一日後から情報が入り始めた」
そして『D-104』の襲撃について情報を聞いているうち、俺はある確信を持った。これは、レムたちの仕業だと。死んじゃあいないとは思っていたが、こんなに早いとはなぁ。ともかく、このペースだと、明日には魔王城に到着、襲撃できるはずだ。これは、計画の前倒しが必要か……とはいえ、彼女らが来るということは、計画の実行に関してかなり好都合である。アリバイをどうにでもできるのだから。となると、早急に決めるべきはその後のことか……
「タクミ。この襲撃……お前ならどう対処する?」
「簡単な話だ。おびき寄せりゃいい。そして、ここで叩き潰す。光を持ってる俺と、闇を持ってる魔王、デーリム。あんたがいれば簡単な話だろう」
「クククッ、そうだな。となれば――――」
デーリムと、レムらをおびき寄せる算段を練る。基本的には、兵士を逃げさせつつ襲わせるものを混ぜて奴らをなるべく戦闘させない。そして、こちらに来るように兵士の量を調整しておく。そして、この魔王の間に選りすぐりのメンバーを配置し、ここに俺達がいると確信させる。これが大まかな段取りだ。もちろん、魔王城の外側の警備も薄くしておく。とはいえ監視だけはしておかなければ、内部での企みを円滑に行うことはできないから、方角を一点に――――奴等が来ると思われる『D-104』方面に――――集中して監視させておく。発見次第、鐘など音が鳴るものを使っては意味が無いので、上階の兵を走らせ、それを合図として、下層の兵に伝播させる。この魔王の間直前の広場には、選りすぐりの兵を置いて、出来る限り数と集中力を削ぐ。いかに俺とデーリムといえど、きれいに処理するとなるとあの小隊一つでも多少厄介だ。
「この作戦、お前に任せるぞ」
「……心得た」
初めての事だった。デーリムが俺に対し「任せる」と言ったのは。それだけ、信頼されているということか。それとも、これも奴の探り合いの一環なのか。この言葉を信じるか、否か……いや、信じるべきではない。今信じられるのは自分だけだ。絶対が無いことは、俺が元いた世界も、ここも変わらない、ある種の真理だ。
だが、信じない事を悟られてはいけない。奴が仮にまだ俺を疑っているとすれば、奴は先ほどの言葉で一つの勝負を仕掛けに来ている。顔の表情や変化を見られないために、俺は警備や城内の兵士に伝えてくると離席した。
警備の連中やその他の城内兵に計画を伝えて、魔王の間へ戻るため場内を歩いていた時、緊張感が少し解けたからか、自然とため息が出てしまった。
「はぁ……ったく、危なかったな」
ボヤきが思わず漏れた時、無線のコール音が聞こえた。俺は辺りに誰もいないことを確認しつつ応答する。
「よぉ。何とか乗り切ったな」
「テュポンか。何となく久々に話す気がするな?」
「そうか? とまあどうでもいい話はおいておこう。もう、実行する気なんだろう? 魔王の座奪還」
テュポンの問いかけに、俺は少しの沈黙を挟んで、ああ、とだけ答えた。そう、今回の作戦の主目標は、デーリムの殺害。何故今までやらなかったか? その理由は簡単だ。闇の魔力は、光の魔力と同じく魔王の座に就いた者に受け継がれる。そして魔王は魔王国の国民が選出する。調べると力づくで魔王になった者もいるらしいが、そう言う奴は決まって寝首をかかれたり長距離から狙撃されたりと命を狙われることが多い。闇の魔力をもってしてもストレスという敵を前にすればただでは済まない。俺もその心労に耐えることができるかと言われるとすぐにはうなずけないし、出来る限り避けたいところだ。
そこで、俺は正当な方法で――――つまり、周りから選ばれて魔王になろうと画策した。そのためには俺が魔王を殺したことが周りに漏れてはいけない。この国の性格上、下剋上は良いものとして受け取られるかもしれないが、賭けとしてはあまりに分の悪い賭けである。ならば、魔王を「事故死」か「戦死」させ、その後俺が力を見せつけてしまえば、ほぼ確実に魔王の位を継承できるはずだ、と考えた。
「レムを利用する気か?」
「ああ。よくわかったな」
「お前の考えそうなことだ。だが悪くない。そうすればレムは必然的にお前を追う」
「死ななければな」
ふと蒼鬼を見る。黒い鞘に納められた、蒼く光る刃を脳裏に描き、思わず戦慄の念を覚える。今に限ったことではないが、殺しに対する恐怖心が、手を震わせ、汗を垂らす。あの時――――基地をほんの軽い気持ちで爆破した時から、命を奪うことが自分の手でも簡単にできてしまうことを自覚して、怖くて仕方がなかった。どうにかして相手を無力化するのにこだわったのは、俺が優しいからじゃない。誰かを悲しませないためじゃない。俺が怖かったからだ。
だが、魔王として認められるには。計画を成就させるには、デーリムを殺す必要がある。誰も殺せない魔王など、誰が歓迎するものか。歓迎されずして、どうして魔王になれるものか。そして、魔王になった暁には、追ってくるであろうレムも、本気で迎え撃たなければならない。今は敵対関係にあると言えど、親しかった者を殺めねばならないと考えると、どうしても手の震えが止まらない。
「拓海。それが、怖いのが当たり前なんだ。だが……」
「分かってる。避けては通れない……」
「ああ。俺達は、恐怖を払うどころか、むしろ恐怖の象徴みたいなものだ。だから頑張れと声をかけても、きっとお前には意味が無い。だが、出来る限りのことはしてやる」
「そう言ってくれるだけでもありがたいさ」
少し、少しだけだが、手の震えと汗がおさまった気がする。数少ない事情を知る、かつ話せるやつがいるだけで、こんなに違うとは思わなかった。
「さ……行くか!」
残りの恐怖を、無理やり吹き飛ばして、前へと歩みを進める。向かうは魔王の間。俺の――――決着へのワンステップ。
申し訳ありません、大変遅れました!
今後も、少なくとも受験が終わるまでは更新が滞ると思われます。どうぞ、ご了承くださいますようお願いいたします。