act.48
ゼウス達との会話を打ち切り、床についた俺だったが……あんな会話をしたせいで変に昔を思い出してしまって、未だに寝つけていない。あんな会話……そう、俺が覚悟などに無頓着で、誰とも仲が良くも悪くもなかったということ。人に言われたことがある。「お前は人間の心を捨てたのか」と。実際には少し違う……らしい。
らしい、というのは、自分でそうだと分かったんじゃなくて、カウンセラーにそう言われたからだ。詳しくいえば、人間の心を捨てているというよりも、全てを遠くから見ているような状況らしい。自分のことを自分のことととらえられず、例え自分に重要な判断だとしても、例えばそう――――自分の命がかかっているとしても、そんなことは考えられない、というような状態らしい。原因ははっきりと当時からわかっていた。兄――――誠也兄さんの死だ。
もともと兄さんが死ぬ前は、俺はいたって普通だった。兄さんとも仲良くしていたし、学校にも親友と呼べる存在がいれば苦手な奴もいた。だけど、中学に入ってすぐのころ、兄さんは交通事故に遭い、即死した。原因はトラックと乗用車がお互いに避けあい、その際スリップしたトラック――――それも4t級――――が歩道に突っ込んできて、兄さんを塀と挟んだのだ。だけど、実際はそうじゃないって聞いた。事故を装って、誰かを殺そうとしたらしい。だけど、それは誠也兄さんによく似た全くの別人で、つまり兄さんは無関係。なのに、殺された。その時、俺は単純に復讐を考えた。中学生になって間もない時期だ。方法も力量も法律も全く考えていない。兄さんがそれを望むかどうかだって。さらに言えば、そのトラックに乗っていた奴は、あっさりと逮捕されやがった。そう、俺はその時点ですでに、そいつに手を出せなくなってしまっていたのだ。そうなって、俺は復讐が無理だとようやく知った。そして――――心を壊した。
俺は周囲に壁を作るようになり、苦手な奴は居なくなったが、代わりに一定以上の関係になる人間はいなかった。幸いというべきか、表情が無くなるなんてことはなかったから、周りに変な心配をかけることは少なかったと思う。でもそんな上っ面、周りに気付かない奴がいないかというと違う。何より、家族は真っ先に見抜いてしまった。そうして件のカウンセラーからカウンセリングを受けたのだ。
そんなことを思い出した俺は、寝返りをうち一つ小さなため息を吐いた。余計なことを思い出しちまった……変なところで感情が残ってるから、カウンセリングの時も難儀した記憶がある。くそっ、明日も早いってのに寝つけないとか、シャレにならん。俺は余計なことを考えないように、明日以降の予定を考えながら目をつむった。
翌朝。部屋のように屋根がないここは直接日が指す。強い日差しに強制的に目を覚めさせられた俺は、起き上がって辺りを見回す。
「……腹減ったな……なんかいないのか?」
ぐう、と胃が空気を押し出す音が響き、改めて自身の空腹を認識する。ああ、そういや昨夜は何も食べなかったな。幸い、ナイフや刀に銃に魔法に……と動物を捕るのに困らない装備があるので、木の上から草むらまで一通り見回していこうとする。すると――――
「決まりだな、俺の朝餉」
草むらを蠢く蛇らしき動物を見つけた。その上の木には、果物が生っている。毒かどうかは……まあゼウス辺りに訪ねればいいだろう。俺は早速蒼鬼をゆっくりと抜き、素早く雷を纏わせながら一閃する。雷は焼き払うためではなく切れ味をあげる為であったから、気持ちいいほどすっぱりと草むらを両断した。次いで勢いを止めず刃を返し、木に生っていた赤いリンゴのようなそれを落とす。鞘と鍔の当たる音が辺りを静かに彩り、静寂が再び訪れたことを報せる。地面に落ちたそれを拾い上げ、頭が切り落とされた蛇もどき……いや、もう蛇と言って間違いのないであろうそれを拾い上げる。血が源泉かけ流し状態で手に流れてきてしまうので、傷口を雷で焼き、止血する。
「……というか、死んでても出血はするんだな。傾いたから流れ出ただけか?」
そんなどうでもいいことを気にしながらも、俺は無線機に手を伸ばす。
「お? 拓海、どうかしたか?」
「ちょっと聞きたいんだが、こいつらは食えるか?」
「んー……その蛇の方はやめた方が良いみたいだぞ。毒腺がもの凄く長くて、調理に時間がかかりすぎる上に難しすぎる。それとそいつの毒は致死性が高い。食ったら今の状況じゃ確実にご臨終だ」
「マジかよ……俺的には果物の方を心配してたんだがな」
「まぁ、蛇の毒腺は頭辺りで終わることが普通だからな。そっちの果物は、それなりにうまいはずだ」
「そうか。ありがとよ」
予想外の情報に、俺は仕方なく土を掘って蛇を簡単に弔い、果物をかじる。瑞々しさと程よい甘酸っぱさは、リンゴとよく似ている。起きたての体にはいいかもしれないと自分を納得させ、リンゴよりは一回り小さなそれを、もう一つ落とす。手に取ってから川沿いに歩きはじめ、魔王城の方角を目指す。
まあ、川を上流に向けて歩けば、山に突き当たるから、そこを基点に動けばなんとかなるだろうという至極行き当たりばったりな行動ではあるのだが。飛べば早いのかもしれないが、ぶっちゃけた話風で強引に体を浮かせている状態が俺の飛行手段なので、体が痛むから普段はあまり使いたくない。そう自分に言い聞かせ、歩く速度は早くも遅くもなくという状態をキープするのだった。
しばらく歩くうち、周りは草原から色を変えて岩が多くなってきた。辺りをうろつく動物達も様変わりし、イノシシのような獰猛さが一目で分かるような奴らが増えてきている。
「……暑い」
なにより、日差しがすでに天頂に達してくる時間であり、岩に溜まった熱もあって恐ろしく熱い。水筒のようなものは持っておらず、先程川で補給した水分はどんどんと汗として垂れ流されていく。とはいえ隣は川なので、水分の補給に困ること自体は無いのだが。何処か日を避けられるところを探さないと、日射病になりそうである。洞窟とまではいかずとも、岩陰があれば……
そう思って辺りを見回しながら先程から歩いているのだが、如何せん岩場は岩場でもそこまで大きな岩が存在せず、そんな場所は見当たらない。ああくそ、いっそ川に飛び込んでしまおうかとも考えたが、隣を流れる川は水深が拳一個分ほどなので、全くの無意味であると気付いてしまったのだ。ついでに言えば、動物の皮を剥ぎ取り日よけに使うことも考えたのだが、その皮を剥ぎ取る時間は素人の俺では長引くことは明確で、その間に日射病にかかる可能性と、その日射病を心配すべき時間が過ぎ去る可能性が高い。
「クソッたれ、風で涼もうにも日が強いことにゃ変わりないしなぁ」
空中に雷でも放てば、雲が出来ないかと考えたが、もっと別なものも出来そうなのでやめた。そもそも王国の奴らに今は居場所を隠しているのだから、そんなに派手なことはしたくない。八方ふさがり、とはこのことを言うのだろう。神も仏もあったもんじゃない……いや、神は実際にいちゃったりするんだけどさ。
しかし、歩いていれば意外とどうにかなったりもするものだ。岩地自体に変化が表れ始め、次第に大きな岩が見つかるようになってきた。そのうちの一つに、一部窪んだ場所がある大岩があった。立っていれば入れないが、しゃがめば余裕を持って入れる大きさがある。思わず俺は小走りになり、その日陰に身を寄せた。
「あー涼しい。日が少し傾くまではここで休むか……っていうか動きたくない」
日差しが強い時は予想以上に体力が奪われる。そう実感しながら俺は腰を下ろしてぐだぐだとすることにして、一息つき始めたのだった……