CODE.56
「やれるものならやってみな。ただ……手加減はしない! 命をかける覚悟でかかってこい!!」
間合いを詰めていないこの距離でもわかるほどの暴風を纏ったイチカワ タクミ。小刃と銃を抜き、腰を落として構えたいつもの構え方。手合せの時はほとんど銃を使わなかったから、久しく見ていないような気もする。
「行くぞ……!」
風の力を使った急加速。反射的に横に薙いだ剣と向こうの振るった小刃が火花を散らす。大きさの違いで、イチカワ タクミの左腕が弾き飛ばされたその隙を狙い、至近距離から巨大な火球を見舞う。しかし、その火球は暴風に掻き消され、届くことはなかった。銃から放たれた小規模な雷撃を刀身で弾き、そのまま両手で袈裟懸け、逆袈裟に振るう。振るいきる前に左手だけ柄から放し、肩を掴みにかかる。しかし、その左手は逆に捕らえられ、円を描くように勢いをつけて投げられる。どうにか背から落ちずに足から着地し、後ろに振り返ると同時に蹴りを見舞う。後ろに跳んでかわされ、睨み合いに入った。
「残念だが、CQCに関しては俺には勝てんだろうよ」
「そのようだ……だが、勝機がないわけではない」
密度の薄い、波のような炎を放ち、それに隠れるように私は脇に回り込み攻撃を仕掛ける。
「無駄だ!」
案の定風に掻き消され、こちらを特定される。が、その一瞬でも私にとっては十分な隙であった。斜め下から振り上げた剣が、上体をそらすことでかわされる。が、すかさずもう一本を抜刀、袈裟懸けに両方の剣で襲い掛かる。が、それも読まれていたらしい。後ろに斃れるように飛んだと同時に腕を蹴られ、軌道をそらされる。
「くぅっ!」
「悪いな、単純な戦闘技術だって、この数年ずっと戦いの中にいたおかげで上達したぜ?」
すぐに立ち上がったと同時に言ったその言葉に嘘はない。確かに、この数年最前線で戦ってきたことで、魔法やCQCの投げだけでは対処できなかった部分なども、着実に上達していた。特に度胸や判断力に於いては、感情を棄てたのではないかというほどである。
「まだだ!」
しかし、戦闘技術が上がっているとはいえ、私達もその間に同じく戦闘を行っている上、元から私達は訓練されている。ハンデが易々と埋まるわけもなかった。それに、どう足掻いたと言え獲物には相性の良し悪しがある。小刃と双剣では、小回りは敵わぬとはいえ威力面では明らかに双剣の方が上だ。
剣に炎を纏わせ、流れるように連続して斬りかかる。舌打ちをしたイチカワは、その斬撃をかわしたり、かわせないものは小刃で弾いたりと、どうにか持ちこたえているという状況だ。
「ここだっ!」
体勢を崩させたその隙をついて、わき腹目がけて蹴りを全力で叩き込む。が――――
「かかったな!」
「ッ!?」
崩したように見えた体勢はフェイクだったらしい。腕でガードされ、肩を掴まれる。反射的に一度剣を落とし、対応を試みる。しかし即座に重心を見抜かれてバランスを崩され、背から地面に叩きつけられた。
「かはっ!」
「はぁっ!」
追撃の、雷を纏った拳を転がってかわし、その勢いを利用して剣を回収しつつ起き上がる。その際飛んできた小さな雷撃を弾き、炎を放つ。それも、向こうの放った風の弾丸に掻き消される。
「こいつはどうだ?」
まるで巨大な槍のように纏められた雷が、風で滞空するイチカワの右手にあった。クスフタの投げ槍の時とは比べ物にならないサイズ差だ。勢いよく投げつけられたそれを、横に跳んでかわす。受け身を取り、着地の隙を無くして立ち上がると、私は眼を見開いた。今投げられたのと同サイズの雷の槍が、イチカワを囲うように何本も作られていたのだ。
「ははは、こんだけありゃあ神殺しだってできるかもな。差し詰め、ロンギヌスといったとこか……あるいは勝利を確約し、手元に戻ってくるからな、グングニルでもいいか?」
余裕たっぷり、というような表情で言うイチカワだが、その余裕を裏付けるほどの力が、まるで押し付けられているかのように感じられる。それを腕の一振りで私目がけて大量に投擲する。先程のように考えなしに跳んではダメだ……それに「戻ってくる」と言ったということは、こちらが向こうに攻撃できない限りは埒が明かないはず。私は全速力でイチカワ目がけて走り、私の方に来る雷槍をかわしていく。
「チッ! おらっ!!」
真下に入った時に、その背にあったすべての槍を、私目がけて投げつけてくる。反射的に、上に跳ぼうとした力を含め、全力で前に跳ぶ。着地の際に向き直りながら立ち上がり、炎を放つ。私が丁度入ってしまうくらいの大きさの火球は一直線に、体勢を整えきれていないイチカワの方へ飛んでいく。舌打ちと共に放たれた風で掻き消されたが、より大きく体勢を崩し、滞空できず落ちてくる。そこへ本命の極大の火球を放ち、私自身も剣を構え突撃する。
「はああぁぁぁぁぁぁっ!」
しかし、より強い暴風が吹き荒れ、地面への激突、火球の直撃、私の接近全てを防ぐ。たたらを踏んだ私は、倒れないだけで精一杯だった。
「はーっ、はーっ……危なかったぜ。魔法ばっかりに頼ってちゃ勝てない、ってわけだ」
「くっ……」
今の火球で、かなり魔力を使ってしまった――――そう、同じサイズの火球を出すとすればそれで完全に枯渇するくらいは。もうあまりチャンスは残っていない。
「さあ……仕切り直しだ。行くぞ!」
風の塊をぶつけられ、私が怯んだ瞬間を狙って、空中から飛び蹴りをしてきたのをかわす。腕を交差させて受け止め、押し返す。その隙に抜刀、交差するように斬りつけるも後ろにかわされ、その直後雷と炎が爆ぜる。それに怯むことなくお互い間合いを詰め、私がしまった、と思った瞬間には、既に腕をとられていた。取られた右腕を捻って投げられるのを回避し、膝蹴りでカウンターを試みる。腕で防がれるが止まることなく、膝蹴りで上げた左足を踏み込みに使い、左拳を思い切り振り下ろす。それを懐に入られてかわされ、逆に繰り出された膝を受け止める。そのままひっこめる隙を与えずに押し返してバランスを崩し、胸部に肘を撃ちこむ。しかし、同時に向こうの蹴りも私の横腹に入り、一度お互い距離を取る。
「くそっ、しぶといもんだ」
お互い攻撃がほとんど当たっていない。体力的にはまだまだいけるが、恐らくイチカワの方もであろうが、精神的にはかなりきついところまで来ていた。
「次で決めてやるよ……」
「…………」
銃をしまい、右拳に大量の雷と風を纏う。恐らく先程から光や闇を使わないのは、雷や風の魔力と同時に使用することが出来ないからであろう。風ならば剣とぶつかり合っても拳を切られることはない。私も、剣を一本しまい、腰だめに構えたそれに最大限魔力を注ぎ込む。どちらからともなく駆け出し、その必殺の一撃を叩き込むべく、拳と剣を振るう――――
「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ぶつかり合ったその瞬間、辺りを爆音が奔った――――