CODE.54
未だ倒れていなかったクスフタ。既に体力も魔力もほとんどないようだが、それはこちらもあまり変わらない。魔力に少し余裕はあるが、無駄遣いはできない。なにより、先程投げ槍の一撃を防いだお蔭で、身体的なダメージは向こうよりも大きい。
「……悪いが、私も一対一でどうにかできるとは思っていない。全員で行かせてもらう」
「無駄だ。今の私がどうであれ、そいつら三下共に私をどうにかできると思っているのか?」
彼女の言葉に奢り、虚勢はない。事実、私と同等の力を持っている彼女だ。私の部下であれば、全員でかかってもあまり意味はないかもしれない。何より、ここで部下の戦力まで消耗しては、後々辛い。彼らとて普通に考えればかなりの実力だ。それを全員消耗させてしまえば、少数部隊である我々がどうなるかなど、火を見るより明らかというもの……それに、警備できる者がいなくなれば体を休めることもできない。
「ちっ……いいかお前達……こいつはどうにか、私だけで片付ける。お前達は力を温存しておけ。いいな?」
少しだけ戸惑ったようだが、全員から了解の旨の返事を聞く。それでいい、と返した私は、改めて双剣を構えなおす。魔力を無駄遣いするわけにもいかない。できれば剣で槍を封じ、CQCでトドメを刺したいところだ。
「私もな、今の状態のままお前に勝てると思うほど、無謀じゃあない。研究室を漁ったなら……こいつがなんだかわかるだろう?」
一式のボディアーマーのようなものを取り出したクスフタ。禍々しい黒色をしたそれには心当たりがある。
「そう……こいつはお前達の読んだ資料の中にもあっただろう? その魔力増幅装置だ」
「……だが、そいつは未完成のはずだ」
「ああそうだ、未完成だ」
「身体に激痛が走ると記されていたが?」
「それがどうした? 今の私は、その程度どうという事はない!」
言い終わる前にそれを宙に放ると、その増幅装置とやらは魔力でも込められているのか、いくつかの部品に分かれ自動的にクスフタに装着される。
「チッ……」
激痛が走るのは確か、外した時だったはずだ。なら、今はそれが出ない。後で酷い目にあおうとも、なるほど私との戦いはどうにかなる。私にあるチャンスといえば、あの装置を破壊して、無理矢理外した状態にすることか。お互い得物を構え直し、間に緊張が走る。狭かった廊下は先程の騒動で既に壁が穴だらけであり、部屋にドア以外からも出入りが容易な状態である。これを視野に入れなければ、勝つことは難しいだろう。
「さあ……行くぞ!!」
「ちぃぃっ! はぁぁっ!」
火花を散らし、私の双剣とクスフタの槍が打ち合う。甲高い音の止む間もなく、第二第三の打ち合いが起こり、削り飛んだ破片や互いの魔力が、お互いを傷つける。
「燃え尽きろぉ!」
「貫けえぇ!」
魔力の残りを半分ほど費やした特大の焔を、先程の尋常じゃない量を帯電させた投げ槍で対応される。一点突破を得意とする槍は焔を文字通り貫き、私はそれをやはり一本の剣で受け止める。再び味わう浮遊感と背中への激痛と同時に、貫いた残りの焔がクスフタを襲ったのも見た。相打ちというべき結果に終わったらしい。
「く……ぐぅ……っ」
「ま、まだまだぁ……」
お互いふらふらのまま立ち上がる。先程捨てた剣を走りながら拾い上げ、そのまますくい上げるように切り上げる。それをかわされ、同時に槍を拾われる。立ち位置が入れ替わった後の睨み合いもつかの間、再び走って距離を詰めつつ、勢いをのせた一撃をぶつけ合う。しかし、同じパターンを何度も繰り返すつもりは私にはない。剣をそのまま手放し、腕を弾いて伸びきった状態にさせる。槍を封じた私は足を払って胸のあたりを押し、地面に叩きつける。そのまま見逃すことなく正拳突きで追い打ちをかけ、剣を拾いながら一度後ろに下がる。
「くっ……なんだ今のは……」
飛び退きながら起き上がったクスフタ。口元を伝う血を拭い、今度は槍だけではなく体に帯電させる。あれでは私は素手で攻撃が出来ない。だが――――
「残念だが……これで終わりだ!」
魔力も使っていない、ただの突き。右の剣を払われ、しかし左の剣で追い打ちをかける。と、装置はぱきりと音を立て、大きな穴をあける。もはや、装置として役目を果たさないであろうという大きさに。そして直後――――
「ッがぁぁぁぁぁ……ッ!!」
装置が壊れ、外れたと同様の状態になったクスフタが、激痛に声をあげる。
「はぁ……はぁ……終わった、な……」
剣の腹で気絶させ、部下達と共に脱出を始める。脚を含め体が痛み、走り辛いが、贅沢は言っていられない。
「隊長! あれ……!」
「仕方ない、蹴散らすぞ!」
前方に見えたのは、待ち構えていたこの施設の兵士の塊。十はいないようだが、五は超えている。私は剣を一振り、両手で構える。横薙ぎに振るい炎をまき散らして、牽制する。その牽制で怯み生まれた隙を逃さず、部下達と共に全員の意識を刈り取っていく。私が二度目の打撃を加えた時、丁度すべての兵士の無力化が終わった。
「お前達、ご苦労だった。怪我はないな?」
「ええ。隊長は?」
「私は心配いらない……一日あれば何とかなる」
「……そうですか」
「しかし……魔力はいいとして体の方は万全とは言えん。そのために下がらせたんだ、期待させてもらうぞ」
「はいっ!」
「任せてください」
明るい声で返した彼女らに、私も微笑みを返す。私が強がっていたのをわかっていたのだろう。いや、隠すこともできないほどに私がボロボロだったという方が正しいかもしれないが。
そこから比較的近くに、出口はあった。目的の、入った時と反対側にある出口だ。ここから、しばらく洞窟を進むと、イチカワが待ち構えている岩場のすぐ近くに出る。出口からはその岩場のほかに、ある湖に行く道もあるから、回収部隊をそこに寄越させるのが得策だろう。幸いそこは見通しが良く、敵襲に対する警戒のしやすさと、私達を回収部隊が見つけやすいというメリットがある。水の確保もできるから、いいことばかりだ。とはいえ、湖を囲う環境は、森でも岩場でもなく草原だから、雨をしのぎにくいなどのデメリットもあるが。
「さて……ここから洞窟だ。ここは岩盤を避けた枝状の部分がいくつかある。基本的に一本道で迷うことは少ない。支洞で一晩過ごすことにしようと思うが、何か他にいい案はあるか?」
この問いかけには誰も手をあげない。つまるとこ、この案に賛成というわけである。
「よし……ではいくぞ」
洞窟に向けて歩を進め始めた私達。魔法で火を灯し、橙の明かりに包まれながら、私達は脇道を探し始めた。そんな中、私はふと考える。いよいよ、この逃亡者追走任務も、もう終わりを迎えるのだ、と。そしてもう一つ――――――私は、あの男を殺すことが出来るのだろうか、と……