CODE.53
クスフタに会わずとも、このD-113を通り抜けさえすれば、私達は構わない。しかし、それには敵に見つからないことが重要だ。魔王城と同じく紫色の、しかし魔王城よりは趣味の悪くないおとなしい内装のこの施設を通り抜けてゆく。私は、あの男のように隠密が得意というわけではないが、それなりにこなす位は出来る。
「待て……まだだ……行け!」
曲がり角で、タイミングを計って敵兵のすぐ後ろを取り、気絶させる。通り抜けるのが理想ではあるが、この場合致し方ない。そのまま放っておくわけにもいかないため、辺りを見回して目に入った大きなゴミ箱らしきものへ放り込んでおく。勿論、辺りの警備は任せてある。すぐに行動を再開し、出口を探す。魔王軍の施設は、要所に関所のようにあるため、大抵一直線上に二ヶ所、出入り口が存在するのだ。あるいは、三ヵ所以上あるときもあるが。そんな中、ふと私は走るのを止めた。
「…………」
「隊長?」
「この部屋は一体何だ……?」
「この部屋って……え……?」
その部屋の扉だけ、他の扉と違ってボロボロになっていた。付近の壁もいくらか傷があり、塗装が剥がれ落ちていたり壁そのものが欠けていたり、と遠目で見てもわかるような損傷具合だった。
「何かあるんですかね。兵器開発に関する施設ですし、嫌な予感はしますが」
「このまま通り抜けて奴を討っても、後に私達の脅威となっては意味がないな。今のうちに何とかできないか検討してみよう」
慎重に扉を押し開ける。ぎぃ、と音を立てる扉を潜り抜けると同時に剣を両手持ちで構え、壁に背をつける。それを合図に他の全員が入ってくる。薄暗く埃っぽい室内だが、物が散らばっている様子はない。
「ここは一体何なんだ? 何か不気味な研究をしているわけでもないようだが……」
「でも、あの扉のこともありますもんね……」
「……ッ!? 待て、そこを越えるな!」
「え? 一体――――」
「罠だ。足元をちゃんと見ろ」
「これは……あれが落ちてくるわけですか」
リィナが視線を移した先にあるのは、棚の上に置かれていた不自然さを感じる鉄球。しかし、高い所にあるため、見上げないと分からない。そのうえ、薄暗いため遠目でもわかりにくい。その鉄球が、足元に隠れた縄を引っ張ると落ちる仕組みらしい。薄暗い室内は、罠を仕掛けるにはもってこいの環境のようだ。
「火を使える私達と、それぞれにもう一名ついて行く形で、この部屋を捜索しよう。何かあれば、声をかけてくれ。いいか、今のような簡単だが効果の高い罠が、この薄暗い部屋にあることを忘れるな」
小声で指示をだし、やはり3つの組に分ける。それなりに広い部屋のようで、物が散らばっていないとはいえ棚などの大きなものが多く、区切られるような部屋であるため、全員で捜索するよりいいだろう。橙色の影が二つ、私を含めて三つ、部屋の中を揺れる。あちらこちらにある棚には、本から小瓶まで様々な物が収められており、それぞれ汚れや傷みがバラバラであることから、昔からこの部屋があると分かる。
「隊長、コレ……」
途中、ふとリィナが声をかけてくる。彼女が持っていたのは、本のようだ。かなり擦り切れや埃などでボロボロになっており、かなり年季があるのだと分かる。
「これは一体?」
「ここでの研究記録のようです、タイトルからすると」
「研究記録か……」
「これ以外にも数冊ありました。これはいちばん古いものみたいですよ」
そう言うと同時に、ページをめくっていく。私はと言えば皆を呼び、その後二冊目に手をだし、私も流すように読み始める。
「これは……」
「大当たりですね。まさかこんなことをやっていたなんて」
フラックやオブニィが言ったように、私達が呼んだ研究記録にはとんでもないものが記されていた。それは、爆弾のような直接破壊する類とは違う。兵士が装備するタイプのもので、魔力を普段とは比べ物にならないほどに増幅させる代物らしい。中身のほとんどが専門的なものだったのでわからないところだらけだったが、そう言う類の兵器であること、そして、その兵器を扱う兵士には凄まじい負担がかかることはわかった。
「この『魔力増幅の副作用として、解除時に凄まじい激痛が襲うことが分かった』というのは、つい最近わかったみたいですね」
「実戦投入の段階じゃなく、試作も試作、第一号の段階みたいですね。まだ研究が進んではいないということでしょうか」
「だが、この問題自体解決してしまえば、特に大きな問題もないようだ。とっとと焼き払ってしまおう」
広範囲にたくさんの小規模な火球をまき散らすと、私達はなるべく急いで部屋を出る。そのまま扉を閉めようとした時。
「貴様ら、何をしている」
「しまっ――――」
目の前に現れたのは、ここの所長、クスフタだった。蒼い鎧に身を包み、右の掌に雷を収束させながら睨まれ、即座に戦闘態勢をとる。
「もっとも、そこの研究室をどうにかした、というのは予想がつく……それに――――貴様には恨みがある。ここで死んでもらう。いや……もはや死んだ方がいいと思うほどの苦痛を貴様に味あわせてやろう!」
言うと同時に、クスフタは右手の雷を纏い、突進してきた。どうにか剣で受け止めはするが、そのまま部屋の扉をぶち破り、部屋の中へと押し込まれる。
「くっ……恨み、だと? 魔王を殺したというデマのことか」
「デマ……だと? ふん、そんな見苦しい往生際の悪さ、尚更腹が立つ!」
雷を纏った細槍を、大きく横なぎに振るう。細槍の見た目にそぐわぬ重さの一撃をどうにか剣二本を使い凌ぎ、一度距離をとる。
「聞く耳持たず、か。予想はしていたが」
「この部屋と共に、貴様を沈めてやる。そのあと、あのお方が受けた苦痛よりも、なお辛い苦痛をな! 私がなぜ、ここの所長をやっているかわかるか? 私はあのお方に言われた。お前はここが適任だと。私はしばらくして、意味が分かった。私はな、誰かを傷つけるのが得意なんだ。拷問で吐かなかった奴はいなかった。だから、誰かを苦しめる兵器を開発するのが適任だと、あの方はここの所長を任せて下さったのだ!」
「尚更負けたくはないな。それに、その怒りを向ける相手は間違っている」
激しい槍の攻撃の嵐を何とか捌き、反撃を試みつつ、論戦もまた白熱する。
「まだ言うかぁ! あのお方を殺めておきながら、まだ認めぬというのかぁ!」
「デーリムを殺したのは私ではない! その情報はイチカワ タクミの情報操作だ!」
「そんな嘘が通ると思ったか!」
「ちいぃぃっ!」
燃え盛る部屋は、既に他の全員が入ってくることが出来ないほどに煌々と赤色に染まっている。その中で論戦は、一度なりを潜めた。そのかわり、一層金属同士の打ち合う音が増える。細槍のリーチと空中戦は、私とは相性が悪い。それを埋めるためにも、炎による遠距離攻撃で応戦する。しかし、向こうの雷の方が速い。全ての攻撃手段に対し優位に立たれた私は、ジュイスの数倍苦戦することを悟った。しかし、それを埋める分の戦闘能力差はあると自覚している。次第に細槍に目も慣れてきて、弾いて隙を生むことができるようになってきた。
「そこだっ!」
ひときわ大きな隙を生ませ、もう一方の剣を炎と共に叩き込む。しかし、弾かれた勢いすら利用し、後ろに飛んでみせたクスフタ。空中戦を主とすることを失念していた。
「吹きとべぇ!」
槍を持ち替え、振りかぶったかと思えば、大量の電撃を纏わせてこちらに投擲してくる。かわせる速度でも、受け止めきれる威力でもない。だが、私は受け止めるしか選択肢がなかった。左手の剣を一度放り捨て、両手で一本の剣の腹を壁にするように構える。次の瞬間、体が浮く感覚があった。直後背中に衝撃を感じ、何かが頭上から落ちてくる感覚もあった。ほんの少しの時間だったが、それが本棚に当たったのだと気付かなかった。
「ッはぁ……はぁ……どうだ、動けまい? 辛うじて剣で防ごうとしたようだが、無駄にすぎん」
「私を……甘く見るな!」
本棚を炎で吹き飛ばし、そのまま接近、横一線に剣を薙ぐ。咄嗟というべき反応で後ろに回避したクスフタだが、今の奴の手に既にやりはない。
「悪いが、あの程度で戦闘不能に陥るほど、軟じゃない」
とはいえ、ダメージは重大だ。肩で息をしているのが自分でもわかる。それに、剣を振る腕に先程より力を入れられなくなった。辛うじて魔力量にはまだ余裕がある。対して、クスフタの方は先程の槍投げでかなりの魔力を使ったらしく、私とは異なる理由で肩で息をしている。
「くそっ……しぶとい奴め……」
「悪いがこの勝負、私の勝ちだ!」
剣に炎を纏わせ、横一閃、最後の力で振るう。波のような炎に直撃したクスフタが落下するのを見届け、私は今にも崩れ落ちそうな部屋から脱出するべく、途中で落ちていた剣を回収し走り出した。先程の勝負で私が炎をさんざん使ったこともあって、脱出するより早く崩れそうである。実際、私は今落ちてくる木片やら何やらをかわしたり防いだりで精一杯で、上手く走ることが出来ない。段々と、体も熱でやられ、ぼうっとしてくる。後数歩で出口、というとき、背後でひときわ大きな、恐らく部屋そのものが崩落する音が聞こえた。反射的に私は足で地を蹴り、転がる様に部屋から飛び出る。直後、強い風が私を襲い、熱に煽られ顔をかばい、しかめる。
「……終わったな」
未だにパチパチと音を立てて燃える部屋を見ながら、小さくつぶやく。だが、何かの気配を感じ、私は素早く剣を真正面に盾代わりに構える。即座に襲ってきた衝撃に、私は一度下を打つ。
「まだ終わらないか」
「私とて……あそこで終わるほど軟ではないわ!」