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 何度目だろう、とふと考える。どうも最近、こうした体がどこにも触れていない、そしてどう頑張っても動かすことが出来ない感覚によく陥る。目の前の景色を見るために目を開くことも、何かの音を聞くために耳を澄ませることも、全くできない。僅かに残る、単純なことしか考えられなくなった思考力だけが私の意識としてそこにある。空腹感も、暇と感じることもない……強いて言うなれば、少し眠い気がするだけの、まるで何もない……としか言いようのない世界。本当に何もないのかはわからないが、少なくとも私の周りには何もない。次第に、そろそろか、と思う。何が、といえば、この感覚から抜け出すことだ。次第に、思考が働かなくなっていく。眠気が睡眠を強請り、私はそれに逆らうことが出来ず、この感覚へと陥る前へと戻っていく――――




「く……ッ?」

 目を覚ました私が見たのは、凄惨というわけでもない、しかしかといって無傷でもない大部屋だった。紫を基調としたその部屋は、思い出すまでもなく魔王城の一室。そして正面を見れば、ふと違和感を覚える光景が広がる。魔王、デーリムの胸部に、私の剣(・・・)が二振りとも深々と突き刺さっているのだ。ご丁寧に、柱にもたれかからせ、切り落とされた腕も傍に寄せて。

「これは……」

 必死に記憶をたどっていけば、意外と簡単に答えは見つかった。魔王と亡命者というペアを相手にした私は、努力の甲斐なく容易く殺されかけた。だが、魔王の振り上げた腕が私に襲い掛かる寸前、その腕は斬られて地に落ち、次の瞬間には胸をカタナが貫いていた。そして言い放たれたのが――――

『『誰にも怪しまれずに魔王の位を継承する』ただ唯一のタイミングだからな』


『お前はまだ殺さない。分かるだろう? お前は英雄となるのだ――――魔王をその手で葬った、というな。だが、それだけではない。お前はもう一つ、肩書を追うこととなる。魔王の力たる闇の魔力を俺、イチカワ タクミに奪われ……新魔王を生んで、それにやられてしまった、とな』

 そう、私が殺した、そう見せかけるべく、あの男はこうしてデーリムの死体に細工を施したのだ。それをどうこうしようというわけではないが、剣を回収しようとその死体に歩み寄る。しかし、そんな歩み寄る動作以前に、立ち上がることすらできぬほどの激痛が体を襲う。

「――――ッ!!」

 下手に体を動かしたからか、背を預けていた柱からずり落ちるように体が崩れる。口の端から暖かい液体が伝っているのを感じる。恐らくは血なのだろうが、一体いつからのことなのか、もうわからない。きっと私が目覚める前から、もしかしたら、目を閉じる前から血は出ていたのかもしれない。再び視界が霞みはじめた。同時に、私の頭の中では、ひとつのことを考えていた。それは戦力差。あの男と自分達との間にある、今回の戦いで予想をはるかに超える大きさと分かった差。

「……勝てる……のか?」

 恐らく、先の魔王との戦いの時でさえ、本気は出していないはずだ。にもかかわらず、ああもあっさりとあしらわれ、逃げられてしまった……あの男は、体術や剣術などは、そこまで突出して上手いわけではない。CQCを除けば、スタミナ以外は私達の方が上である。ではなぜ、勝てないのか。理由は二つ。一つ目にはあの男の戦略眼だ。あの男、隊の中で最も頭の着れる部類に入るセシアやイースですら敵わない戦略眼を、ここ数年で身に着けている。もともとその辺りには光る才能もあったらしい。そして二つ目。圧倒的な魔力量。無限と自称していた魔力量は、戦闘に於いて大きなアドバンテージとなる。身体強化も基本魔法もすべて、魔力あってこそ。それが無限であるということは、こちらが節約して使うような魔力をあの男は遠慮なく使えるということに他ならない。正直、この二つは覆しがたい戦力差を生み出してしまっている。

「…………私達が勝つ方法は……」

 私達が勝つ方法など、そうそう多くない。魔法のない、直接戦闘だけだ。CQCが向こうにはあるが、こちらも使えないことはない。うまくCQC以外での近接戦闘に持ち込めば、勝機はある。それに、魔力を使用するにしろ、遠距離からの狙撃であれば、気付かれずに排除することだって可能だ。この二つが、私達のとれうるあの男に勝つ方法だろう。


「隊長!」

「お前達……無事か?」

 扉が開く音と共に聞こえた、部下達の声。見れば、彼等もまた、ボロボロになっている。彼等も気を失ってでもいたのだろうか。

「私達は多少意識がなかっただけで済みました……隊長こそ大丈夫ですか?」

「ああ……と、言いたいが……すまないが動けない……」

「な……ッ! と、とにかく移動しましょう。ここに居たら、すぐ敵が駆けつけてくるかも……」

「ああ、そうだな……くっ!」

 考え事をしている間に、僅かではあるが体力が戻ってきた。痛みは未だ襲ってくるが、何とか柱に背を預けつつ立ち上がる。そのまま、少しずつではあるが歩いて、剣を回収した。

「隊長、この男は……」

「見ての通り、魔王デーリムだ……この通りではあるが……殺したのはあの男、イチカワ タクミだ」

「どういうことです?」

「詳しくは後にしよう。とにかくここを出るぞ」

「大丈夫ですか?」

「歩くくらいなら何とかな……すまないが、援護を頼む」

「わかりました」

 ゆっくりとではあるが、何とか全員歩きながら外を目指す。私だけではなく全員がボロボロなので戦力が危うく、外に出るまでに戦闘があればどうなるかわからない。だが、ここで殺されるのを待つわけにもいかない。扉を潜って、階段までちょうどあと半分。そんな時――――

「おい、大丈夫か?」

 突如聞こえた声。その方向、つまり上を向けば、例によって例の如くニライアスが飛び降りてきた。

「ニライアスか……」

「ああ。悪いが時間がない。あいつがどういう目的かは知っているんだろ?」

「ああ、私はな。こいつらにはあとで伝えるつもりだ」

「わかった。とにかく、今は脱出を急ごう。手伝ってやる」

「大丈夫なのか? 顔を見せても」

「問題ない。こうすれば顔は見えないだろう?」

 そう言ってニライアスは顔に防具を装着する。確かに、顔を見ることは出来ない。もっとも、あまり丈夫そうなものではないから、防具としては優秀ではないかもしれないが。

「さ、突破するぞ。この城は裏道がある。そこを使おう」

 そう言うや否や、ある一本の柱に手をかけたニライアス。それを殴ったかと思えば、柱は容易く砕けて中が空洞になっていた。

「さ、ここを降りるんだ」

「わかった……お前達、先に行け。体は動かなくとも、魔法なら何とかなる」

「わかりました……どうか御無事で」

「なに、そう時間がかかるわけでもないんだ。死にはしない」

 警戒は解かず、殿のオブニィまで梯子に手をかけて降りていくのを見届け、私も降りはじめる。そう長くはない梯子を降り切り、ほどなくしてニライアスも降りてきた。

「さ、こっちだ。着いて来い!」

 薄暗い中を炎が使える私達が照らしながら、幾度も曲がり角を曲がりつつ歩き続ける。そんな中、ニライアスが口を開いた。

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