CODE.47
魔王城を目指すことになった私達。把握している限り、ここから魔王城まで障害無く行けるようなルートは存在しない。大抵どこを通ろうがどこかの施設にぶつかってしまったりする。道を通らねばいいような気もするが、生憎と崖の多い西側はとべない私達にはきつい。となると、一番施設を通過しないルートを通るしかない。そんなわけで頭を捻ることしばし、決まったルートというと、なるべく森の中を通ることを考えて一つずつの糧食関係の倉庫と宿舎施設を通るものになった。森の中を通る理由は単に見つかればこちらの戦力的に分が悪いことにある。ゼルキス達第三隊のような肉体的な強さを持っていない私達は、それを魔力で補わなければならないから、戦闘を割ける必要性はより高くなってしまう。
「隊長、そろそろですかね?」
「何がだ?」
「周りですよ」
「そうだな……できれば私の気のせいであって欲しかったものだが」
森の中を歩く私達。そんな私達を囲んでいるいくつもの気配。耳の良さという種族の強みがあるエルフの私達ならばその程度を探ることなど造作もない。
「もう少し歩こう。そこなら――――――――とでも言うと思ったか?」
既に合図を済ませた後の私達は、一斉に森へと向かって魔法を仕掛ける。奇襲するつもりが逆に奇襲された魔王軍の兵士が悲鳴をあげ、森から出てくる。脱兎の如き勢いだが、ここは深い森の中。うまく動けないところをあっけなく捕まえることが出来た。
「それで……こいつらはどうしたもんかな……」
「隊長、とりあえず放っておきませんか?」
「……そうだな。どうせ有益な情報の一つも……」
ちょっとした三文芝居。これもまた合図での取り決めだった。もっとも、芝居はほとんど即興だが……
「ま、待ってくれ! お、俺は情報を持ってる、だから逃がしてくれ!」
流石にこうもかかってくれるとは思わなかった。とりあえず有り難くその情報をいただこう。もちろん、逃がすのは後払いの報酬だが。
「で、隊長。どうでした?」
「うむ、とりあえず有用なものは二つほどだな。一つはイチカワ タクミのこと、もう一つはニライアスのことだ。イチカワ タクミについてだが、企みを知ることが出来た」
「……嫌な予感しかしませんけど、一体?」
「……魔王の座を奪おうとしているらしいな、どうも。お互い腹の探り合いが続いているらしい。どうにかして飼いならせないかと考える現魔王、デーリム・D・ハリオル。そしていかに部下に事故を装い、そしてなおかつ魔王の位を継承するかを考えるイチカワ タクミ……一応、対立には気付いていない者が大多数のようだ」
「まあ、あの性格だと即座に襲わないとは思いましたけど……雷、風、光の三つだけでも厄介なのに、闇まで奪われたら勝機がどんどん薄くなりますね……」
そう、問題はそこだ。今、ただでえ圧倒的な戦闘力の一部を占める膨大な魔力と豊富な魔法属性に手を焼いているというのに、それを助長するような闇の習得は厄介この上ない。光と闇を両方持つということは、一見何もいいところがないように見えるが、実際そうもいかない。現象としての光と闇には異なる性質がある。つまり、対応出来る状況が増えてしまうのだ。
「それで、もう一つというのは?」
「ニライアスがこの近くにいるという。これは……何かあったと見るべきだろう」
「いい勘してるじゃないの、レムさんよ」
まるで私達の会話を聞いていたように――――いや、実際聞いたのだろう。明らかに計ったようなタイミングで金髪を宙に舞わせながら木から飛び降りてきたのはニライアスだった。
「で、だ……兵器開発阻止、よくやった。それとこのルート、お前達運がいいぜ。ここしばらく、お前達が壊して回った施設の修繕に当たった奴等。丁度このルート上にある宿舎施設の奴等だ。それと、もう一つ情報を持ってきてやった。奴が……お前達の追っている男、イチカワ タクミが、魔王を暗殺する計画を決めたらしい。俺は知らされていないが……まあ、奴が単独でやるんだろう、つまり――――俺にも対策はわからん。急いだほうがいい……それとこの先の食糧庫だが、実は魔力認識の鍵がある。方式としてはカードに込めた魔力で判断するというやつだな」
「……どうすればいい?」
「こいつをくれてやる。実は、近々あそこに更に増援を送るということが決定してな。その中から数枚拝借してきた。お前ら全員分はある。そうだな……奴等、門の両脇にしか門番や警備を配置していないから、見られないように倒してしまえば難なく入れるだろう。だが、気をつけろ」
「何かあるのか?」
「内側から扉をロックできるんだ。ありとあらゆるカードを受け付けない。しかもそうなれば強力な魔力障壁の張られているあの門は、お前らには破れんだろう。いいか、絶対に中に悟られてはいかんぞ。いいな?」
「わかった。そういえば、その食糧庫の規模を教えてもらっていいか。それなりに大きいとしか知らんのだが」
「んー……そうだな、最大規模、とはいかない。二回りほど小さいか。だが、四方を崖に囲まれている上に、お前達が今いるここから反対側、つまり内部を突き抜ける通路の先は、トンネルを通って魔王城に続く道に出る。当然、警備も厳重だ」
「そうか……だが、そこを通れば魔王城まであと少しということだな」
「ああ。そういえば、前に渡した腕輪、使っていないのか?」
「あの類の魔法具は使いどころを誤ると体に負担をかけるだけだからな……国王様の持っていたあの腕輪系統の魔法具は、全て使用者への負荷が大きいんだそうだ。効果もそれ相応のようだがな」
「なるほど、いざという時、ってわけかい。まあいい。とにかく気を付けてくれよ。そうそう、食糧なんかは大丈夫か?」
「問題ない、食糧庫に着くまでは持つ。そうしたらそこで多少奪って行けばいい」
「なるほどね、と言いたいところだが。残念なことにあそこの食料は結構ギリギリでな、盗める余地はなさそうだぜ。仮に盗めても、持ち帰る前に攻撃されて塵になるな」
「……どうするべきか、な……」
「現地調達もこの森は向かないからな。仕方ない、俺がどうにかしてやる……また食糧庫近くで会おう。その時までにどうにか対策を講じておく」
そう言うと、私達が言葉を発する間もなくニライアスは森へと駆けていった。
「隊長、どうしますか?」
「とにかく進むしかない。急がねばならないようだしな」
魔王が健在の内にどうにかできないものか……そうすればまだどうにかなるはずだ。そんなことを私の勘がささやく。魔王分の戦力が同時に襲ってくるのと、魔王分の戦力を取り込んだイチカワ タクミのどちらが厄介か……根拠はないが、私としては後者の方が絶対的に厄介だと確信している。焦る気持ちで闇雲に鞭を振るいそうなのを抑えながら、私は額に汗を浮かべていた。その汗が流れ出る嫌な予感。これが実現せぬうちにたどり着けるよう――――