CODE.46
「ここか……」
私達が見上げているのは、以前見た魔王城のような色をした巨大な建物。敷地の広さだけならば、魔王城より広いかもしれない。
「さて、ここで先に話した通り、ふたつの班に分かれる。私、フィル、オブニィと、リィナ、フラック、ジェフだ……ここまではいいな?」
頷きを返した彼らを見て、私は続ける。
「私達の班はここの所長と副所長、そしてそのどちらかが持っているであろう設計図を。リィナ達は兵器そのものをなんとか破壊する。こちらはただでさえ少ない戦力を割いているんだ、あまり無用な戦闘はするんじゃない。いいな?」
先程より力強く頷くのを見て、私も一つ頷きを返す。以前からこういった任務は行ってきた。慣れたことだ、そうそう時間はかかるまい。早速私達は行動を開始する。
裏門にいたエルフを気絶させ、さっさと侵入する。その後しばらくは共に行動していたが二つに分かれ、それぞれの目的地へと向かった。
「隊長、どっちから狙うんです?」
「所長からにしよう。設計図も同時に奪わねばならんが、副所長が持っているとは考えにくい」
時折見つかってしまった敵を声をあげる前に眠らせつつ、廊下を走る。外側の濃い紫と違い、どちらにせよ目がちかちかする真っ赤な内装。内心悪態をつきながら、所長室を探していく。
「隊長、ここです!」
フィルが急に止まり、それに一瞬遅れて私達も止まる。その部屋の扉は確かに他と違い重厚感があり、大きさも他の二倍ほどはある。なるほど、確かにここで間違いなかろう。
目で頷き合い、フィルが扉をけ破る。その瞬間私とオブニィが部屋へ突入し、部屋を素早く見渡す。しかし――――
「いない!?」
「こっちもだ……」
「奥にまだ扉がありますよ、行ってみましょう」
転がり込むように部屋に入り見渡した私達の視界に映ったのは、一面赤や黒の悪趣味な部屋だけ。もう一度だけ辺りを見回していないことを確認し、扉の方へと行く決心が固まる。が――――
「……ふぅ……お前達、向こうを頼んでもいいか?」
「……わかりました」
「え……? あぁ……」
フィルが諦めたように、しかし微笑みを浮かべながら返し、少し遅れてオブニィも返してくる。私が聞き取ったのは足音。それもかなり多く。私は部屋の中央に陣取り、追っ手を待ち構える。そしてフィルとオブニィは扉の方へと駆けていった。少しの間の後、扉をけ破る音と悲鳴が聞こえたから、目的の所長はやはりそこにいたらしい。
「ふふ、懐かしいな、この状況……」
あの時に似ていた。そう、『D-106』で所長室で戦った時のこと。あの時は私達は所長室へ向かったが、今は私が食い止めるべくここにいる。皮肉なものだ、あの時と同じ状況を、そしてその役を私が担おうとは。
「こっちだ!」
「いたぞ!」
どたどたと駆け込んできたのは、数十規模の小規模な隊。だが、この程度では私は抜かれない。
「……燃えろ」
入り口で固まったところへ、大きめの火球をぶち込む。爆発と共に部屋の内外ともに敵兵が吹き飛び、転がっていく。追撃でもう一度火球を放ち、既に抜き放っていた一対の剣を構える両手に力を籠めてゆく。火球の被害から逃れた兵士が十数なだれ込んできたが、その全てを炎と剣の腹での一撃で沈め、逃しはしない。この程度、私単独でもどうとでもなる物だ、油断さえしなければ。第二波の足音もない。あとは、フィルとオブニィの援護に向かうだけだ。流石にあの時のように副所長に苦戦しているわけでもあるまい。あそこまで強い奴はそうそういない。いてもあの程度であれば今の私であれば問題なく倒せるだろう。
「あ、隊長。いやあ、ラッキーでしたよ」
「どうした?」
「副所長も一緒にこもってました。無論、コレも」
そう言ってオブニィが取り出したのは一枚の設計図。それを私に見せた後だから、ということだろうが、さっさと燃やしてしまう。
「よくやった。さて、行くぞ。ここに長居しているわけにもいかない。ところで、どんな兵器を開発していたかは分かったのか?」
「それがさっぱり……何分、自分もフィルも兵器開発は詳しくないので」
「そうか……まあいい、とにかく急ごう! 追手が来ないとも限らん」
しかし、そういう時にばかりそういうことが当たってしまうのはなぜなのだろうか。扉から一歩踏み出した瞬間、目の前に移ったのは明らかに先程より多い敵兵の小隊。
「ふぅ……しかたない、逃げるぞ」
「え? ど、どうやって……」
「無論、こうしてだ!」
先程撃ったものより数段大きな火球を生成し、敵集団中央目がけて放つ。刹那のざわめきの後、逃げることもままならなかった者達が大半で、それぞれが悲鳴をあげる。その隙に私達は素早く隙間を縫うように走りぬけ、その部屋を後にする。足止めと増援の排除を兼ねて、床を中心に炎を這わせるように放ち、直後にフィルが風を利用して敵を吹き飛ばし、オブニィが壁を崩すこともなく土の壁を作る。これで更に時間稼ぎができるはずだ。
「しかし……大丈夫ですかね、こんな派手にやらかして」
「ああ。とにかく、既に向こうも脱出していることを願うしかないな」
この騒動でリィナやフラック、ジェフ達が危険に晒されては、こちらのミス以上の何物でもない。仲間を失うわけにも、失わせるわけにもいかない。一部隊の隊長として、そして私の私的な思いをとげるべく。
「とにかく、今は私達を追う敵もいないようだ。早く合流することだけ考えよう」
ただひたすらに合流地点を目指して走る私達。あまりこの施設から遠い場所ではないので、早急に合流したいところだが……
「あ、あれですね。もういるようですよ」
「の、ようだな。おい、無事か?」
「あっ隊長! はい、私達は無事ですよ」
「そうか……それで、ここに居るということは結果は聞くまでもないのだろう?」
「ええ、兵器は無事破壊しましたよ。ただ、ちょっと大きくて苦労しましたけど」
「一体なんだったんだ? その兵器は。こちらでは設計図を解読できなくてな」
「あー……そういえばこの中で設計図とかわかるの、私だけですもんね。それで、兵器なのですが……」
リィナに説明を受けたのは、その兵器の大よその形状や予想される加害範囲。曰く、見た目としては大型の砲弾らしく、別に発射砲台のようなものもあるかもしれないらしい。だが、そこは比較的どうでもいい。問題は威力だ。仕組みとしては魔力爆弾に近いらしい。それも、一撃で王城はおろか、大陸の半分とまでいかずとも、四分の一は確実に消し飛びかねないという。魔力を開放して事なきを得たようだが、万が一発射されていたら、と思うと背を冷たい汗が流れる。
「そうか……よくやってくれた」
「ところで、次はどこに向かいます?」
「やはりこのまま魔王城を目指すべきだろう。急がねば……また手遅れになる前に」
そう、また王城の時のようなことを止めるために……三度目は、ない――――いや、あってはならない。絶対に――――――――――